リーマン面
リーマンの 1851 年の博士論文には、『一複素変数関数の一般理論の基礎』という控えめな題がついている。そこには数学を変えた二つの考えがある。複素関数が微分をもつために満たさなければならない条件と、いくつもの値をもつ関数を扱う幾何学的な方法である。
微分できる関数
$z = x + iy$ の複素関数 $f(z)$ は、$u$ と $v$ を $x$ と $y$ の実関数として $f = u + iv$ と書ける。$f$ が複素数の意味で微分をもつ、つまり $h$ がどの方向からゼロに近づいても極限 $\frac{f(z + h) - f(z)}{h}$ が同じになるには、$u$ と $v$ がコーシー=リーマンの方程式を満たさなければならない。
$$\frac{\partial u}{\partial x} = \frac{\partial v}{\partial y}, \qquad \frac{\partial u}{\partial y} = -\frac{\partial v}{\partial x}.$$コーシーはすでにこの方程式を知っていたが、リーマンはそれを理論の中心にすえた。その帰結のひとつは、$u$ と $v$ が調和関数で、ラプラス方程式を満たすということである。複素関数が電気や熱や流体の記述にとても役立つのはこのためである。
平方根の問題
複素関数のなかには、二つ以上の値をもつものがある。いちばん簡単な例が $\sqrt{z}$ である。$z$ を極形式で $z = r\,e^{i\theta}$ と書くと、平方根の一つは $\sqrt{r}\,e^{i\theta/2}$ である。ここで原点のまわりを一周すると、$\theta$ は $2\pi$ 増え、点 $z$ はもとの場所にもどる。ところが平方根は
$$\sqrt{r}\,e^{i(\theta + 2\pi)/2} = \sqrt{r}\,e^{i\theta/2}\,e^{i\pi} = -\sqrt{r}\,e^{i\theta/2}$$になる。一周すると平方根は符号を変え、二周するともとの値にもどる。この関数は平面の上ではきちんと定義されていないのである。
はりあわせた二枚の葉
リーマンの解決法は、関数がすむ場所を変えることだった。一枚の平面のかわりに、平面の写し二枚、つまり二枚の葉を重ねる。両方を原点から出る半直線にそって切り、一方の葉の上の縁を他方の葉の下の縁に、交差させてはりあわせる。原点のまわりを一周すると、もう一枚の葉へ上がるか下がるかし、二周するともとの葉にもどる。
この二葉の面の上では、$\sqrt{z}$ は各点でただ一つの値をもつ。平方根は平面上のやっかいな関数ではなくなり、リーマン面の上のふつうの関数になったのである。
この考えは平方根をはるかに超えて広がる。もっと複雑な関数では、面は多くの葉と穴をもち、ドーナツやプレッツェルのような形になる。リーマンが 1857 年のアーベル関数の理論で調べた穴の数は種数と呼ばれ、位相幾何学の中心的な概念のひとつになった。
写像定理
博士論文は驚くべき結果も述べている。穴のない平面の領域は、平面全体でないかぎり、角度を保つ複素関数によって円板、つまり半径 1 の円の内部に変形できる。国の形でも、星の形でも、しみの形でも、円板に「まっすぐ」できるのである。これがリーマンの写像定理である。
練習:z² のコーシー=リーマン方程式
$f(z) = z^2$ がコーシー=リーマンの方程式を満たすことを確かめよ。
$z^2 = (x + iy)^2 = x^2 - y^2 + 2ixy$ だから $u = x^2 - y^2$、$v = 2xy$ である。$u_x = 2x = v_y$、$u_y = -2y = -v_x$ で、方程式はすべての点で成り立つ。$z$ の多項式なら当然そうなる。
練習:微分をもたない関数
共役 $f(z) = \bar{z} = x - iy$ は、どの点でもコーシー=リーマンの方程式を満たさないことを示せ。
$u = x$、$v = -y$ である。すると $u_x = 1$ だが $v_y = -1$ で、一つめの方程式がどの点でも成り立たない。共役はまったく連続な関数だが、複素微分をもたない。平面を鏡に映すので、角の向きを逆にしてしまうのである。
出典: Bernhard Riemann、Grundlagen für eine allgemeine Theorie der Functionen einer veränderlichen complexen Grösse(1851) · Bernhard Riemann、「Theorie der Abel’schen Functionen」、Journal für die reine und angewandte Mathematik 54(1857) · Hermann Weyl、Die Idee der Riemannschen Fläche(1913) · Jeremy Gray、The Real and the Complex: A History of Analysis in the 19th Century(2015)。