等式の鎖:恒等式はどう証明されるか
すべての数 $a$、$b$ について $(a+b)^2=a^2+2ab+b^2$ であることは、どう証明するのか。値を試すことによってではない。どれだけ例を集めても、すべての数を覆うことはできない。証明は鎖を書くことで行う。
$$\begin{aligned} (a+b)^2&=(a+b)(a+b)\\ &=a(a+b)+b(a+b)\\ &=a^2+ab+ba+b^2\\ &=a^2+2ab+b^2. \end{aligned}$$どの等号も隣どうしをつなぎ、どの輪も既知の規則で保証されている。2 乗の定義、分配法則、もう一度分配法則、かけ算の交換法則。第1の文章で紹介したユークリッドの法則、推移律によって、最初の輪は最後の輪に等しい。証明とは、この鎖そのものである。
ラベルつきの鎖
ふつうの書き方では、理由は書き手の頭の中にとどまる。読み手は、なぜそれぞれの等号が成り立つのかを推測しなければならない。1980 年代、オランダの計算機科学者エドガー・ダイクストラと同僚のヴィム・ファイエンは、どの輪も波括弧の中に自分のラベルをもつ書式を提案した。
$$\begin{aligned} &(a+b)^2\\ =\;&\{\text{2 乗の定義}\}\\ &(a+b)(a+b)\\ =\;&\{\text{分配法則}\}\\ &a(a+b)+b(a+b)\\ =\;&\{\text{分配法則}\}\\ &a^2+ab+ba+b^2\\ =\;&\{\text{交換法則:}ba=ab\}\\ &a^2+2ab+b^2 \end{aligned}$$この書式は場所をとるが、そのぶん多くを語る。式の行と理由の行が交互に並び、等号は左の余白に置かれて、本来そうであるとおりの鎖の輪として目に見える。ダイクストラはこの書き方を計算的証明と呼んだ。証明するとは計算することであり、計算するとは、規則を見せながら等しいものを等しいものに置き換えることである。
どちらの辺から始めるか
恒等式を証明するための実用的な規則がある。複雑なほうの辺から始めよ。簡単にするほうが、どう複雑にするかを推測するよりやさしい。
$$\frac1k-\frac1{k+1}=\frac1{k(k+1)}$$を証明するには、二つの分数があってまとめてほしそうな左辺から始める。
$$\begin{aligned} \frac1k-\frac1{k+1}&=\frac{k+1}{k(k+1)}-\frac{k}{k(k+1)}\\ &=\frac{(k+1)-k}{k(k+1)}=\frac1{k(k+1)}. \end{aligned}$$右辺から始めるには、$1=(k+1)-k$ がよい考えだと前もって知っている必要がある。左辺からの証明は、それを途中で発見する。
終わりから出発するという誤り
証明のように見える誤り方がある。ある生徒が $-1=1$ を示したくて、こう書く。
$$-1=1\quad\Longrightarrow\quad(-1)^2=1^2\quad\Longrightarrow\quad1=1.$$「正しいものにたどり着いたから、最初の行は正しい」。そうではない。誤った文から出発した $\Rightarrow$ の鎖が、正しい文にたどり着くことはありうる。前の文章で解を増やす段階と呼んだものだ。示したいことから出発して $1=1$ や $0=0$ にたどり着いても、それが何かを証明するのはすべての段階が $\Leftrightarrow$ のときだけであり、それならむしろ、既知から未知へという正しい順序で鎖を書くほうがよい。
練習:ラベルつきの鎖
$(a-b)(a+b)=a^2-b^2$ をダイクストラの書式で証明せよ。
$$\begin{aligned} &(a-b)(a+b)\\ =\;&\{\text{分配法則}\}\\ &a(a+b)-b(a+b)\\ =\;&\{\text{分配法則}\}\\ &a^2+ab-ba-b^2\\ =\;&\{\text{交換法則:}ba=ab\text{、そして }ab-ab=0\}\\ &a^2-b^2 \end{aligned}$$練習:誤りはどこか(4 = 5)
最初の四行は正しい。四行めの両辺はどちらも $\frac14$ である。誤りは平方根をとるところだ。$x^2=y^2$ から出るのは $x=y$ または $x=-y$ であり、ここでは $4-\frac92=-\frac12$、$5-\frac92=\frac12$ なので、成り立つのは一つめではなく二つめのほうだ。2 乗する段階を、逆向きに読んだものである。
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