よく知っている関数を、変わった見方で眺めることから始めましょう。積分

$$\arcsin x=\int_0^x\frac{dt}{\sqrt{1-t^2}}$$

は、半径 1 の円の弧の長さを、いちばん下の点から測って、高さ $x$ の関数として与えます。複雑な関数です。ところがその逆関数、つまり高さを弧の長さの関数として表したものは正弦、三角法で最も簡単な関数です。そして正弦には、積分が隠している性質があります。周期的なのです。四分の一回転の長さは

$$\int_0^1\frac{dt}{\sqrt{1-t^2}}=\frac\pi2$$

なので、正弦は $4\cdot\frac\pi2=2\pi$ ごとにくり返します。

だれにも計算できない積分

18 世紀には、似ているけれども 2 次ではなく 3 次や 4 次の多項式の平方根をふくむ積分が現れました。楕円の弧の長さに現れたので楕円積分と名づけられ、レムニスケートの長さや振り子の運動にも現れました。

長さ $L$ の振り子が小さな振幅で揺れるとき、周期は $T_0=2\pi\sqrt{L/g}$ です。学校で習うとおりです。しかしこの公式は振幅が小さいときにしか成り立ちません。任意の振幅 $\theta_0$ に対して、正確な周期は

$$T=4\sqrt{\frac Lg}\,K(k),\qquad K(k)=\int_0^1\frac{dt}{\sqrt{(1-t^2)(1-k^2t^2)}},\qquad k=\sin\frac{\theta_0}2.$$

$\theta_0=90°$ では $k=\frac{\sqrt2}2$、$K\approx1.8541$ です。よって $T\approx7.416\sqrt{L/g}$ となり、簡単な公式の $6.283\sqrt{L/g}$ と比べて、振り子は 18% 長くかかります。$k=0$ なら $K=\frac\pi2$ で、学校の公式に戻ります。

積分 $K$ は既知の関数では書けません。フランスのアドリアン=マリ・ルジャンドルはこれらの積分に四十年を捧げ、三つの種類に分類し、膨大な数値表を計算しました。彼の『楕円関数論』は 1825 年から 1828 年にかけて出版されました。

アーベルがこれらの積分に取り組んだのは、フェルディナン・デーゲンの助言によるものでした。1821 年、ノルウェーの若者の 5 次方程式のまちがった解法を読んだこのコペンハーゲンの数学者は、楕円積分を研究するよう勧めたのです。それは発見の大洋へ通じる「マゼラン海峡」になるだろう、と。

アーベルの考え

アーベルは、ルジャンドルが思いつかなかったことを思いつきました。逆正弦でするのと同じことを、これらの積分にもする、つまり逆にするのです。弧の長さを高さの関数として調べる代わりに、高さを弧の長さの関数として調べるのです。最も簡単な場合として、

$$s=\int_0^x\frac{dt}{\sqrt{1-t^4}}\qquad\Longrightarrow\qquad x=\operatorname{sl}(s)$$

と定めます。これがレムニスケート正弦です。正弦の場合と同じく、逆関数は積分よりずっと素直な関数です。$s$ が 0 から

$$\frac\varpi2=\int_0^1\frac{dt}{\sqrt{1-t^4}}\approx1.31103$$

まで動くと、それは 0 から 1 まで増え、周期 $2\varpi\approx5.2441$ でくり返します。記号 $\varpi$ は π の別の書き方で、レムニスケート定数と呼ばれます。

アーベルはこの理論を 1827 年、『クレレ誌』第 2 巻に『楕円関数の研究』という題で発表しました。ドイツのカール・ヤコビも同じ年に独立に同じ考えに達し、二人は二年にわたって論文の競争をくり広げました。

二つの周期

$s$ に複素数を許すと、大きな驚きが現れます。積分で $t$ を $iu$ に置きかえます。$(iu)^4=u^4$、$dt=i\,du$ なので、

$$\int_0^{ix}\frac{dt}{\sqrt{1-t^4}}=i\int_0^x\frac{du}{\sqrt{1-u^4}}=is.$$

これは $\operatorname{sl}(is)=i\operatorname{sl}(s)$ を意味します。$\operatorname{sl}$ には実の周期 $2\varpi$ があるので、おまけとして虚の周期 $2\varpi i$ も手に入るのです。

$$\boxed{\operatorname{sl}(s+2\varpi)=\operatorname{sl}(s),\qquad\operatorname{sl}(s+2\varpi i)=\operatorname{sl}(s).}$$

正弦は一つの方向にしかくり返しません。楕円関数は複素平面の二つの方向にくり返します。その値は一つの平行四辺形で決まり、床一面に敷きつめたタイルのようです。アーベルは、これがすべての楕円関数について成り立つこと、そして楕円関数が正弦の $\sin(a+b)=\sin a\cos b+\sin b\cos a$ に似た加法公式を満たすことを示しました。

練習問題:振り子が 60° の振幅で揺れる。周期は簡単な公式よりどれだけ長いか。

$\theta_0=60°$ では $k=\sin30°=\frac12$、$K\left(\frac12\right)\approx1.6858$ です。比は $\dfrac{4K}{2\pi}=\dfrac{4\cdot1.6858}{6.2832}\approx1.073$ で、周期は約 7% 長くなります。それほど大きく揺れる振り子時計は一日に 1 時間 40 分近く遅れるので、時計では小さな振幅を使うのです。

練習問題:レムニスケート正弦の導関数が sl′(s) = √(1 − sl(s)⁴) であることを示せ。

$x=\operatorname{sl}(s)$ なら $s=\int_0^x\frac{dt}{\sqrt{1-t^4}}$ で、微積分学の基本定理により $\frac{ds}{dx}=\frac1{\sqrt{1-x^4}}$。逆関数の導関数は導関数の逆数なので、$\frac{dx}{ds}=\sqrt{1-x^4}$ です。これは $\sin's=\cos s=\sqrt{1-\sin^2s}$ とまったく同じ形で、2 乗が 4 乗に変わっただけです。

出典: Niels Henrik Abel、“Recherches sur les fonctions elliptiques”、Journal für die reine und angewandte Mathematik 2(1827)および 3(1828)· Carl Jacobi、Fundamenta nova theoriae functionum ellipticarum(1829)· Jeremy Gray、Real and the Complex: A History of Analysis in the 19th Century(Springer、2015)。


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