この実在の概念の変化は、ニュートンの時代以来、物理学が経験した最も深く、最も実り多いものである。

— アルベルト・アインシュタイン、マクスウェル生誕百年に(1931)

マクスウェルは 48 歳で亡くなり、一般にはほとんど知られていませんでした。生前、彼の場の理論を受けいれていたのは、イギリスの物理学者の小さなグループくらいでした。今日では、携帯電話を使う人はだれでも、一秒に何十回もそれに頼っています。

情報を運ぶ波

マクスウェルの方程式は、あらゆる振動数の電磁波を予言しました。1887 年のヘルツのあと、マルコーニの無線電信、ラジオ、レーダー、テレビ、人工衛星、携帯電話、Wi-Fi、GPS、電子レンジが続きました。アンテナやチップや光ファイバーを設計する技術者は、なんらかの形でマクスウェルの方程式を解いているのです。

だれにもよらない速さ

方程式は光の速さ $c=\frac1{\sqrt{\mu_0\varepsilon_0}}$ を与えますが、何に対しての速さかは言いません。ニュートンの物理学にとって、これは問題でした。速さはいつも、だれが測るかによって決まるからです。十九世紀末の物理学者たちは静止したエーテルを仮定しましたが、1887 年のマイケルソンとモーリーの実験はそれを見つけられませんでした。1905 年、アインシュタイン は最も急進的なやり方で問題を解決しました。光の速さはだれにとっても同じで、変わるのは時間と空間のほうだ、と。相対性理論は、マクスウェルの方程式を本気で受けとめることから生まれたのです。

確率の物理学

1860 年の速さの分布は、統計力学 の始まりでした。オーストリアのルートヴィヒ・ボルツマンはそれを一般化し、いつも増えていく量であるエントロピーが、分子の並べ方の数を測っていることを示しました。マクスウェルの悪魔は一世紀にわたる議論を引きおこし、最後には熱力学を情報理論と計算に結びつけることになりました。

制御理論の最初の論文

1868 年、マクスウェルは「調速機について」という短い論文を発表しました。蒸気機関の速さを制御する遠心調速機についての論文です。彼は、多項式の根を使った計算によって、調速機が機関を安定させるのか、それともますます大きく振動させるのかを判定する方法を示しました。これは 制御理論 の最初の数学的な仕事とされています。自動操縦装置、サーモスタット、ロボットの背後にある分野です。

ベクトルと物理学の言葉

四元数をめぐるテイトとの議論、curl と convergence という言葉、そしてヘヴィサイドとギブズによる書きなおしが、ベクトル を物理学と工学の言葉にしました。微積分の講義で学ぶ内積、外積、発散、回転は、マクスウェルの方程式を書くために生まれたのです。

残ったもの

  • 電磁気学。 四本の方程式、変位電流、電磁波としての光。
  • 統計物理学。 速さの分布、気体の粘性、マクスウェルの悪魔。
  • 光学と色。 三色説、マクスウェルの三角形、最初のカラー写真。
  • 天文学。 土星の環の構造。
  • 工学。 制御理論と構造解析。マクスウェル=クレモナ図は今もトラスの計算に使われている。
  • 研究所。 電子、中性子、DNA の構造が発見されたキャヴェンディッシュ研究所。

覚えておきたいこと

  • ジェームズ・クラーク・マクスウェルは 1831 年から 1879 年まで生きた。エディンバラ、ケンブリッジ、アバディーン、ロンドン、そしてふたたびケンブリッジ。
  • 感じられる色を表すには三つの数で足りる。赤、緑、青のフィルターを通した三枚の写真で、マクスウェルは最初のカラー写真をつくった。
  • 土星の環は固体ではありえない。内側の部分は外側より速く動かなければならないからである。$v=\sqrt{GM/r}$。
  • 気体分子の速さはマクスウェル分布にしたがう。27 °C の空気では、山は 420 m/s 付近にある。
  • 四本の方程式が、すべての電気と磁気の現象を記述する。変位電流の項が電荷の保存を保証する。
  • 方程式からは、速さ $\frac1{\sqrt{\mu_0\varepsilon_0}}\approx$ 秒速 300 000 km の波が出てくる。それが光である。

出典: マクスウェルの伝記、MacTutor · Basil Mahon、The Man Who Changed Everything(Wiley、2003)· James Clerk Maxwell、“On governors”、Proceedings of the Royal Society 16(1868)。


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