ブール、フレーゲ、ペアノ:推論を書く
19 世紀まで、数学の記法は量とそのあいだの演算を書くためのものでした。数学者がいつもしているのに書きとめていなかった、もう一つのことのための書き方がなかったのです。推論です。「もしこうなら、ああなる」「すべての数について」「〜となる数が存在する」。こうしたことは、式と式のあいだで、まだラテン語やフランス語やドイツ語で言われていました。この記事は、推論そのものがどうやって記号を手に入れたかを語ります。
思考の代数
19 世紀、数学は自分自身の内側を見つめはじめました。数とは何か。証明とは何か。それに答えるには、量だけでなく、命題と、命題から命題への手順を書く方法が必要でした。
1854 年、イギリスのジョージ・ブールは『思考の法則』を出版し、推論を代数としてあつかいました。$x$ が「白いもの」を表すなら、$x\cdot x$(白いもののうち白いもの)は $x$ そのものです。そこからブール代数の奇妙な法則が出てきます。
$$x^2=x,\qquad\text{つまり}\qquad x(1-x)=0,$$ブールはこれを「何ものも、ある性質をもつと同時にもたないことはできない」と読みました。一世紀後、$0$ と $1$ の二つの値しかないこの同じ代数が、コンピュータの回路の土台になります。
1879 年、ドイツのゴットロープ・フレーゲはさらに先へ進みました。著書『概念記法』(Begriffsschrift)で、どんな数学の証明でも一歩ずつ表現できる、論理のための完全な言語をつくったのです。並はずれた業績でしたが、その書き方は二次元的でした。命題は横線と縦線にぶらさがり、横だおしになった木の枝のようでした。簡単な式でもページの半分を占めました。同時代の人たちはそれを読めないと感じ、本はほとんど読まれませんでした。
∈、∃、∀
私たちが使う論理記号の多くは、ペアノのおかげです。1889 年、ある要素が集合に属することを言うために、彼はギリシア語 estí(「〜である」)の頭文字であるイプシロンを使いました。$3\in\mathbb{N}$ は「$3$ は自然数である」と読みます。1897 年には、ある性質をもつ要素が存在することを言うために、ひっくり返した E、$\exists$ を使いました。「すべての」を表す $\forall$ はいちばん若い記号です。1935 年、ドイツのゲルハルト・ゲンツェンが、$\exists$ との対称性から、alle(すべて)の A をひっくり返してつくりました。
これらの記号を使うと、「すべての実数の 2 乗は 0 以上である」という文は次のようになります。
$$\forall x\in\mathbb{R},\quad x^2\ge 0.$$ただの略記に見えますが、この書き方は、ふつうの言葉が隠しているものを見えるようにします。量化子の順序です。比べてみてください。
$$\forall x\ \exists y:\ y>x \qquad\text{と}\qquad \exists y\ \forall x:\ y>x.$$最初の式は、どの数についても、それより大きい数が存在すると言っていて、これは正しい。二つ目の式は、すべての数より大きい数が存在すると言っていて、これはまちがいです。日本語では、どちらも「いつでももっと大きな数がある」というあいまいな文に収まってしまいます。論理の書き方では、ちがいは記号の位置にあり、一目でわかるのです。
この章が示したこと
インドのゼロからゲンツェンの量化子まで、数学の書き方の重要な変化はどれも新しい道を開きました。位取りは計算を紙の上の作業に変え、ヴィエトの文字は手順を対象に変え、ネイピアの対数はかけ算をたし算に置きかえ、ライプニッツの $d$ は連鎖律をひとりでに書かせ、オイラーの $f(x)$ は関数に名前を与えました。ガロアとケイリーの表は動きを記号に変え、行列は連立方程式を一つのものとしてあつかい、ギブズとヘヴィサイドのベクトルはマクスウェルの方程式を四行にし、量化子は命題の構造を見えるようにしました。
新しい書き方のすべてが根づいたわけではありません。計算のためのローマ数字、物理学以外でのニュートンのドット、バーンの色、フレーゲの木は、よく記録はしても、その先へ進むようさそってはくれない書き方でした。記法の歴史は、こうした選択の歴史でもあります。共同体が記号を試し、働くものを残し、ほかは忘れるのです。次の章では、ひとつの記号だけを見つめ、それを記号にしているのはいったい何なのかを問います。
練習問題:命題を否定する
$\forall x\in\mathbb{R},\ x^2>0$ を考えます。否定では $\forall$ を $\exists$ にかえ、性質を否定します:$\exists x\in\mathbb{R},\ x^2\le 0$。この否定は正しい命題です。$x=0$ が $0^2=0\le0$ をみたすからです。したがって、もとの命題はまちがいです。実数の 2 乗はいつも 0 以上であって、0 より真に大きいわけではありません。
練習問題:順序を入れかえる
自然数についての次の二つの命題を読んでみましょう。
$$\text{(a)}\ \forall n\ \exists m:\ m>n \qquad\qquad \text{(b)}\ \exists m\ \forall n:\ m\ge n.$$(a) は、どの自然数にもそれより大きい自然数があると言っています。正しい命題で、$m=n+1$ とすればよいのです。(b) は、すべての自然数以上の自然数、つまり「最後の数」があると言っています。まちがいです。$m+1$ のほうが大きいからです。同じ記号でも、順序がちがえば反対のことを言うのです。