因数分解できる D:演算子としての導関数
「$x$ で微分せよ」を $D$ と書こう。すると $D(x^3)=3x^2$、$D(\sin x)=\cos x$ で、2 回微分することは $D(D(f))$、略して $D^2f$ となる。ここまではただの略記である。おもしろくなるのは、書き方の形を本気で受けとめたときである。$D^2$ が 2 乗に見えるなら、$D$ を数として扱ってはいけないだろうか。
微分方程式が多項式になる
方程式
$$y''-3y'+2y=0$$を考えよう。$D$ を使えば $D^2y-3Dy+2y=0$、$y$ をくくり出せば
$$(D^2-3D+2)\,y=0$$となる。そしてここで大胆な一歩を踏み出す。$D$ の「多項式」を、$r$ の多項式のように因数分解するのである。
$$(D-1)(D-2)\,y=0.$$$(D-1)y=0$ なら $y'=y$ で、$y=e^{x}$。$(D-2)y=0$ なら $y'=2y$ で、$y=e^{2x}$。方程式の解はその組み合わせ
$$y=C_1e^{x}+C_2e^{2x}$$である。いま起きたのは、微分方程式が高校の代数で解かれたということである。記号 $D$ は、「導関数どうしのこの関係を満たす関数はどれか」という問いを、「$r^2-3r+2$ の根は何か」という問いに変えた。教科書はこの多項式を特性方程式と呼び、この方法は定数係数のどんな線形方程式にも使える。
指数関数のなかのテイラー
この技はさらに進む。テイラー級数は
$$\begin{aligned} f(x+h)&=f(x)+h\,f'(x)\\ &\quad+\frac{h^2}{2!}f''(x)+\frac{h^3}{3!}f'''(x)+\cdots \end{aligned}$$と言う。$D$ を使えば、これは
$$\begin{aligned} f(x+h)&=\Bigl(1+hD+\frac{(hD)^2}{2!}\\ &\qquad+\frac{(hD)^3}{3!}+\cdots\Bigr)f(x) \end{aligned}$$となる。括弧のなかの級数は、数のかわりに $hD$ を入れた指数関数の級数である。したがって
$$f(x+h)=e^{hD}f(x).$$関数を $h$ だけずらすことは、それに導関数の指数関数を施すことである。こうした文は、字面どおりに読めばまったく意味をなさず、正しい結果を与える操作の規則として読めば完全に意味をなす。
ブールとヘヴィサイド
1844 年、論理の代数のあのジョージ・ブールが、この「演算子の計算」について賞を受けた論文を発表した。しかしこの考えを極端まで推し進めたのは、独学の電信技手だったイギリスのオリヴァー・ヘヴィサイドである。1880 年代から 1890 年代にかけて、彼は $D$ を数として扱い、$D$ の平方根をとったり $D$ で割ったりして海底ケーブルの方程式を解き、正当化には頓着しなかった。
ケンブリッジの数学者たちは厳密さがないと文句を言った。ヘヴィサイドは、のちに有名になる一文で答えた。
消化の過程を完全には理解していないからといって、私は夕食を断るべきだろうか。
— オリヴァー・ヘヴィサイドの言葉とされる
結果は正しかった。正当化は数十年後、ラプラス変換とともにやってきた。ラプラス変換は微分を数の掛け算に変え、ヘヴィサイドが勘で行っていたことを厳密にした。記法が理論より先に到着した、まれで美しい例である。書き方が計算を示唆し、計算がうまくいき、なぜなのかはあとになってわかった。
練習:解を確かめる
$y=e^{2x}$ が $y''-3y'+2y=0$ を満たすことを確かめよ。
$y'=2e^{2x}$、$y''=4e^{2x}$。すると $4e^{2x}-3\cdot2e^{2x}+2e^{2x}=(4-6+2)e^{2x}=0$。因子 $4-6+2$ は、多項式 $r^2-3r+2$ に $r=2$ を代入した値である。
練習:x² に e^{hD} を施す
級数を足し合わせて $e^{hD}x^2$ を計算せよ。
$Dx^2=2x$、$D^2x^2=2$、$D^3x^2=0$ なので、級数は 3 項めで止まる。$x^2+h\cdot2x+\frac{h^2}{2}\cdot2=x^2+2hx+h^2=(x+h)^2$。導関数の指数関数は、たしかに関数をずらした。