アーベル群:順序が問題にならないとき
靴下をはいてから靴をはくのと、靴をはいてから靴下をはくのとでは、結果がちがいます。3 を足してから 5 を足すのと、5 を足してから 3 を足すのとは同じです。二つの操作の順序を変えても結果が変わらないとき、それらは可換であるといいます。すべてが可換な構造を表すために数学者が使う言葉は、アーベルへの敬意を表したものです。アーベル的(abelian)です。
最後の論文
一般の 5 次方程式に公式がないことを証明したあと、アーベルはどんな方程式なら公式があるのかを知りたいと考えました。1829 年、『クレレ誌』に発表した最後の論文の一つで、彼は特別な種類の方程式を調べました。すべての根が、そのうちの一つ $x$ から、互いに可換な有理関数 $\theta_1(x), \theta_2(x),\dots$ によって得られる方程式です。
$$\theta_1(\theta_2(x))=\theta_2(\theta_1(x)).$$アーベルは、こうした方程式がつねに累乗根で解けることを証明しました。それらはアーベル方程式と呼ばれるようになり、のちに、順序が問題にならない群がアーベル群と呼ばれるようになりました。
1 のべき根
最も重要な例は方程式 $x^n=1$ です。その根の一つは
$$\zeta=\cos\frac{2\pi}n+i\sin\frac{2\pi}n$$で、ほかの根はすべてそのべき乗です:$\zeta^2,\zeta^3,\dots,\zeta^n=1$。ある根を別の根に移す関数はべき乗 $\theta_a(x)=x^a$ で、これらは可換です。
$$\theta_a(\theta_b(x))=(x^b)^a=x^{ab}=(x^a)^b=\theta_b(\theta_a(x)).$$アーベルの定理により、$x^n=1$ はどの $n$ についても累乗根で解けます。これは、ガウスが正十七角形の作図に使ったのと同じ構造です。正多角形の頂点は $x^{17}=1$ の根なのです。
群と可換性
現代の言葉では、群とは、合成したり、取り消したり、組み合わせたりでき、しかもつねにその集まりの中にとどまる操作の集まりです。どの二つの元についても $a\circ b=b\circ a$ となるとき、その群はアーベル群です。
アーベル群の例はいたるところにあります。
- 整数と足し算:$3+5=5+3$。
- 円の回転:$30°$ 回してから $50°$ 回すのは、$50°$ 回してから $30°$ 回すのと同じ。
- 時計の算術:12 時間の時計で、9 時の 5 時間後は 2 時です。$9+5\equiv2\pmod{12}$ と書きます。ここでも足す順序は関係ありません。
アーベル群でない群もあります。三角形の対称性が最も小さな例です。三角形を回してから裏返すのと、裏返してから回すのとでは結果がちがいます。ルービックキューブも例です。前の面を回してから上の面を回すのは、その逆と同じ効果にはなりません。ガロアが 5 次方程式に公式がない理由を説明したのは、アーベル群でない群を調べることによってでした。
可換だとなぜ助かるのか
アーベルの証明の背後にある直観は、アーベル群では操作を一つずつ、どんな順序でも行うことができ、一つの操作がほかの操作の成果をこわさない、ということです。各ステップは累乗根を一つとることに対応し、根は順番にとっていくことができます。五つの根の 120 通りの置換の群のように、アーベル群でなく、しかも複雑すぎる群では、ステップどうしが邪魔し合い、累乗根だけでは最後までたどり着けないのです。
練習問題:12 時間の時計の算術で 7 + x ≡ 3 を解け。次に 5 · x ≡ 1 を解け。
一つ目は $x\equiv3-7=-4\equiv8$ です。7 時から 8 時間進むと 3 時になります。二つ目は試してみると、$5\cdot5=25=2\cdot12+1$ なので $x\equiv5$。時計の上では、5 は自分自身の逆元です。
練習問題:正方形で、90° の回転と対角線についての裏返しは可換か。
正方形の角に、右上から反時計回りに 1、2、3、4 と番号をつけ、角 1 と角 3 を通る対角線を使います。反時計回りに $90°$ 回してから裏返すと、角 1 は位置 2 に行き、次に位置 4 に行きます。先に裏返してから回すと、角 1 はまず位置 1 にとどまり、次に位置 2 に行きます。結果がちがうので、正方形の対称性はアーベル群をつくりません。しかし $0°$、$90°$、$180°$、$270°$ の四つの回転だけなら、互いに可換で、アーベル群をつくります。
出典: Niels Henrik Abel、“Mémoire sur une classe particulière d’équations résolubles algébriquement”、Journal für die reine und angewandte Mathematik 4(1829)· Israel Kleiner、A History of Abstract Algebra(Birkhäuser、2007)· アーベルの伝記、MacTutor。
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