紀元前 300 年ごろ、アレクサンドリアで、ユークリッドはギリシアの幾何学を十三巻にまとめました。『原論』です。二千年以上にわたって世界でもっとも読まれた数学書であり、その最初の命題が、この本の進め方をよく示しています。

与えられた有限の直線の上に、正三角形を作図すること。

— ユークリッド『原論』第 1 巻命題 1

手順は短いものです。与えられた線分を $AB$ とします。$A$ を中心、$AB$ を半径として円をかき、$B$ を中心、同じ半径でもう一つの円をかきます。二つの円が交わる点の一つを $C$ とします。すると $AC=AB$ です。どちらも最初の円の半径だからです。また $BC=AB$ です。どちらも二つ目の円の半径だからです。同じものに等しいものどうしは互いに等しいので、$AC=BC=AB$ となり、三角形 $ABC$ は正三角形です。

ここでの書き方に注目してください。演算の記号も、方程式も、$x$ もありません。あるのは言葉と図、そしてその二つを結ぶ文字です。文中の $C$ という文字は、図の中の特定の点を指しています。それがなければ「二つの円が交わる点の、上のほう」と言わなければなりません。ユークリッドの文字は、数学における最初のラベルなのです。

図は見せ、文章が証明する

ユークリッドの図は、いつも特定の図です。この角度、この大きさ、紙の上でこの傾きをもった三角形です。けれども命題はどんな線分 $AB$ についても成り立ちます。特定の図が、どうして一般的な主張を支えられるのでしょうか。

ギリシア人の答えは、支えられない、というものでした。証明するのは文章であり、定義と公準だけを使って一歩ずつ進みます。図は目を導き、迷わないようにしてくれますが、証明のどの文も「図から明らかなように」とは言いません。図が、文章でまだ正当化されていないことを示しているように見えたら、読者には疑う権利があります。

あとで使う例を見てみましょう。三角形の中線は、頂点と、向かい合う辺の中点を結ぶ線分です。好きな三角形をかいて中線を一本引くと、三角形が面積の等しい二つの部分に分けられているように見えます。

中線は頂点と向かい合う辺の中点を結ぶ。二つの三角形は底辺が等しく、高さも同じである。
中線は頂点と向かい合う辺の中点を結ぶ。二つの三角形は底辺が等しく、高さも同じである。この本のために作成した説明図。

「見える」だけでは足りません。証明はこうです。できた二つの三角形は底辺が等しく(切られた辺の二つの半分)、高さが同じです(頂点から底辺をふくむ直線までの距離は、どちらにとっても同じ)。三角形の面積は底辺かける高さの半分なので、面積は等しくなります。この証明が図のどんな測定にも頼っていないことに注意してください。背の高い三角形でも、平たい三角形でも、いびつな三角形でも、同じように成り立ちます。

文字のないユークリッド

1847 年、アイルランドの技師オリヴァー・バーンは、『原論』の最初の六巻を大胆な発想で出版しました。文字を色に置きかえたのです。「角 $ABC$ は角 $DEF$ に等しい」と書くかわりに、バーンは小さな赤い角、等号、そしてもう一つの赤い角をかきました。文章はほとんど消え、証明は色つきの図の連続になります。

この本は美しく、今でも芸術作品として復刻されています。けれども、数学を書く方法としては定着しませんでした。色の印刷は高価で、白黒の複写では消えてしまい、何よりも規模を広げられなかったのです。図に二十の点があったら、二十の色合いを見分けられる人はいません。色の横では貧しく見えたユークリッドの文字のほうが、生きた記法でした。組み合わせることができ($AB$、$ABC$)、ほかの命題でも使い回せ、声に出して読むこともできたからです。

証明には向くが、計算には向かない

ギリシアの幾何学は、今なら代数と呼ぶものまで、すべてを言葉と図で行っていました。私たちが $(a+b)^2=a^2+2ab+b^2$ と書く恒等式は、『原論』(第 2 巻命題 4)ではこうなっています。「線分を任意に分けるとき、全体の上の正方形は、各部分の上の正方形と、各部分にはさまれた長方形の二倍との和に等しい。」正しく、証明もされていますが、計算に使うのはとても難しいのです。

これが、この章が次に越える境界です。ギリシアの書き方は、なぜそれが正しいのかを示すには優れていましたが、未知の量をあつかうには重すぎました。問題がそうしたあつかいを求めるようになったとき、数学には別の書き方が必要になったのです。

練習問題:座標で見る中線

頂点が $A=(0,0)$、$B=(6,0)$、$C=(1,4)$ の三角形を考えます。$AB$ の中点は $M=(3,0)$ です。三角形 $AMC$ は底辺 $AM=3$、高さ $4$($C$ の $y$ 座標)なので、面積は $\frac{3\cdot4}{2}=6$。三角形 $MBC$ は底辺 $MB=3$、高さは同じく $4$ なので、面積も $6$ です。三角形全体の面積は $\frac{6\cdot 4}{2}=12$。$C$ が大きく左に寄っていても、中線は面積をちょうど半分にしました。

練習問題:測れば証明になるか

三角形をかいて分度器で三つの角を測ったら、$61^\circ$、$58^\circ$、$62^\circ$ で、合計 $181^\circ$ になりました。これで「和は $180^\circ$」という定理が否定されるでしょうか。いいえ。測定には誤差があり、図は表現にすぎません。かりにぴったり $180^\circ$ になったとしても、定理の証明にはなりません。その一つの三角形について言えるだけだからです。ユークリッドの証明(第 1 巻命題 32)は、一つの頂点を通って向かいの辺に平行な線を引き、錯角が等しいことを使います。この議論は、すべての三角形について一度に成り立ちます。


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