今では多くの生徒にとって、対数はおばけのようなものです。奇妙な言葉、どこからともなく現れる $\log$、そして覚えなければならない規則。17 世紀にはまったく逆でした。対数はヨーロッパの計算機であり、天文学者や航海者や会計係から何か月分もの仕事を取りのぞいてくれる道具だったのです。このサイトの以前の記事は、対数こそ mirabilis abbreviatio(すばらしい省略)のいちばん純粋な例だと書いていました。発明者自身も同じ意見でした。彼の本の題名は「すばらしい」という言葉で始まっているのです。

二列の数

その発想は、だれにでも書ける二列の数の中に、すでに隠れていました。

$$\begin{array}{c|cccccccccc} 2\text{ の累乗} & 1 & 2 & 4 & 8 & 16 & 32 & 64 & 128 & 256 & 512\\ \hline \text{指数} & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & 7 & 8 & 9 \end{array}$$

上の列から二つの数、たとえば $8$ と $64$ を選びます。その下の数を見ると $3$ と $6$。たすと $3+6=9$。上にもどって $9$ の列を見ると $512$。たしかに $8\times64=512$ です。上のかけ算が、下のたし算になったのです。ドイツのミヒャエル・シュティーフェルは、1544 年の『算術全書』ですでにこのことに気づいていました。わり算はひき算に、平方根は $2$ でわることになります。

問題は、シュティーフェルの表がすきまだらけなことです。$8$ と $16$ のあいだにも、$64$ と $128$ のあいだにも何もありません。$3.1416\times2.7183$ のようなどんな数でもこの技が使えるようにするには、ずっと細かい列で表をうめる必要がありました。

二十年の計算

それをやってのけたのが、マーキストン領主ジョン・ネイピアです。スコットランドの貴族で、神学についても書き、兵器の設計もしていました。およそ二十年をかけて、彼はほとんどどんな数でも表の中に現れるほど細かい刻みの表を、手で計算しました。1614 年、その成果をラテン語で出版します。Mirifici logarithmorum canonis descriptio、「すばらしい対数表の記述」です。canon(カノン)は、ギリシア語の kanṓn(ものさし)から来た言葉で、参照用の表をそう呼んでいました。

対数(logarithm)という言葉は彼の造語で、二つのギリシア語を組み合わせたものです。lógos はここでは比、比例を意味し、arithmós は数です。対数とは「比の数」、つまり、ある値に達するまでに一定の比を何回あてはめたかを数えるものです。$8=2\cdot2\cdot2$ では比 $2$ が三回使われているので、$2$ を底とする $8$ の対数は $3$ です。

対数は労力を短くすることで、天文学者の寿命を二倍にした。

— ピエール=シモン・ラプラスのものとされる言葉

成功はすぐに訪れました。1615 年、イギリスの教授ヘンリー・ブリッグズがネイピアに会いにスコットランドまで旅をし、二人は十進法により便利な $10$ を底にすることで合意しました。ブリッグズは 1617 年と 1624 年に表を出版します。惑星の軌道を計算していたヨハネス・ケプラーは対数を熱心に取り入れ、1624 年に自分の表を出版しました。1622 年ごろには、$\times$ 記号のウィリアム・オートレッドが二本の対数目盛を並べて計算尺を発明し、技術者たちは 1970 年代までそれを使いつづけました。

logarithmus から log へ

radix quadrati と同じように、対数もはじめは文でした。次の流れは模式的なもので、略記の道筋を示すために、このサイトの以前の記事が再構成したものです。

文が log₂ 8 = 3 になるまで(クリックで進む)

  1. logarithmus arithmorum 8 aequalis 3, basis 2:「数 8 の対数は 3 に等しい。底は 2」。
  2. log. arith. 8 aeq. 3, bas. 2:繰り返される言葉が縮む。
  3. Log. 8 = 3:ケプラーは 1624 年の表で、すでに Log. という略記を書いていた。底は書かなくてもわかった。表ごとに底が決まっていたからだ。
  4. $\log_2 8=3$:底が $\log$ の足もとの小さな添字に下りる。表の題名に隠れていた情報が、書き方の中にもどってくる。

記号論の観点からは、最後の一歩がいちばん重要です。底が書かれることで、「$2$ の $3$ 乗は $8$」という文と「$2$ を底とする $8$ の対数は $3$」という文が、目に見えて結びつくのです。

$$2^3=8\iff \log_2 8=3.$$

同じ三つの数、同じ関係を、二つの向きから読んでいます。$\log_b$ は「$b$ を何乗かする」ことを元にもどす操作です:$\log_b\left(b^n\right)=n$。このサイトの以前の記事はこの考えをつきつめて、$\log_{2^6}64$ のように底をはじめから累乗の形で書き、答えの $6$ が見えるようにしていました。公式の記法ではなく教えるための工夫ですが、生きた記法に何を求めるのかをよく示しています。答えが問いの中に描かれていてほしいのです。

書き方が手わたしてくれる規則

$\log$ という記法を使えば、ネイピアやブリッグズが表で使っていた性質は、それぞれ一行で書けます。

$$\log_b(A\cdot B)=\log_b A+\log_b B,\qquad \log_b\frac AB=\log_b A-\log_b B,\qquad \log_b A^n=n\log_b A.$$

これらを暗記する必要はありません。シュティーフェルの二列からそのまま出てくるからです。底を $2$ とすると、$\log_2(4\cdot16)=\log_2 4+\log_2 16=2+4=6$ で、たしかに $4\cdot16=64=2^6$ です。累乗どうしのかけ算は指数のたし算であり、対数とは指数そのものなのです。記法はそれを書き表しているにすぎません。

計算機より長生きした書き方

1970 年代以降、対数表でかけ算をする人はいなくなりました。それでも $\log$ は消えませんでした。このことは対数について多くを語っています。この記法が生きつづけているのは、それが描く関係が今も役に立つからです。地震のマグニチュード、化学の pH、音のデシベルは対数目盛であり、$1$ たすことが $10$ 倍することを意味します。1748 年、オイラーは、いちばん自然な対数は彼が $e$ と名づけた数を底とするものだと示し、$\ln$ は、はじめからそこにあったかのようにライプニッツの微積分に入りこみました。計算機は死に、すばらしい省略は残ったのです。

練習問題:ネイピアのようにかける

$2$ の累乗の表を使って $16\times32$ を計算します。$16$ の下は $4$、$32$ の下は $5$。たすと $4+5=9$。$9$ の列の上は $512$。したがって $16\times32=512$ です。$512$ を $8$ でわるには、$9-3=6$ で、$6$ の上は $64$ です。

練習問題:答えを見えるところに

$\log_3(81\cdot27)$ を計算します。それぞれの数を底の累乗で書くと、$81=3^4$、$27=3^3$。したがって

$$\log_3(81\cdot27)=\log_3 3^4+\log_3 3^3=4+3=7,$$

たしかに $81\cdot27=2187=3^7$ です。これが、このサイトの以前の記事の工夫です。底が累乗の形で現れていれば、計算しなくても対数が読みとれるのです。

出典: Florian Cajori, A History of Mathematical Notations(1928–1929)· John Napier, MacTutor · Henry Briggs, MacTutor · 数 $e$ と複利についてはオイラーの章を参照。


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