懸垂線:つるされた鎖
Ut pendet continuum flexile, sic stabit contiguum rigidum inversum.(しなやかな線が垂れ下がるように、硬いアーチは逆さにして立つ。)
— ロバート・フック、1705 年に解読されたアナグラム
細い鎖の両端を持って、垂れ下がるままにしてみましょう。放物線のように見える美しい曲線ができます。1638 年、ガリレオはそれがほんとうに、少なくとも近似的には放物線だと考えました。オランダのクリスティアーン・ホイヘンスは 17 歳のとき、そうではありえないことを示しました。けれども、それがどんな曲線なのかはだれにもわかりませんでした。
1690 年 5 月、ヤコブ・ベルヌーイは『学術紀要』でこの問いを読者への挑戦として出しました。彼自身は一年かけても解けませんでした。1691 年 6 月、三つの正しい解が発表されます。ライプニッツ、当時 62 歳のホイヘンス、そしてヤコブのいちばん下の弟、24 歳のヨハンです。ヨハンはこのことをだれにも忘れさせませんでした。
兄の努力は実を結びませんでした。私のほうはもっと幸運で、それを完全に解く腕前を見つけたのです。自慢するわけではありませんが、なぜ真実を隠す必要がありましょう。たしかに、その研究のために私はひと晩じゅう休むことができませんでした。
— ヨハン・ベルヌーイ、ピエール・レモン・ド・モンモール宛の手紙(1718)
鎖の一部を見る
こつは、鎖全体ではなくその一部を見ることです。最低点を原点とし、$y$ を上向きにとって、その点から右にある点 $P$ までの部分を考えます。
この部分は静止しているので、はたらく力はつりあっています。力は三つです。
- 最低点では、鎖が水平に左向きの力 $H$ で引く。
- $P$ では、鎖が接線方向に力 $T$ で引く。
- この部分の重さ $w\,s$。$w$ は 1 メートルあたりの重さ、$s$ はこの部分の長さ。
水平方向では $T$ の水平成分が $H$ とつりあい、鉛直方向では $T$ の鉛直成分が重さとつりあいます。$T$ は接線方向を向いているので、二つの成分の比が傾き $y'$ です。
$$y'=\frac{\text{鉛直}}{\text{水平}}=\frac{w\,s}{H}=\frac sa,\qquad a=\frac Hw.$$数 $a$ は長さの次元をもち、鎖がどれだけ張っているかを表します。
鎖の方程式
ここで $x$ で微分します。曲線の小さな一片にピタゴラスの定理を使うと、長さの増え方は $\frac{ds}{dx}=\sqrt{1+y'^2}$ です。したがって
$$y''=\frac1a\sqrt{1+y'^2}.$$$u=y'$ とおいて変数を分離します。
$$\frac{du}{\sqrt{1+u^2}}=\frac{dx}{a}.$$左辺の積分は $\operatorname{arsinh}u$、すなわち 双曲線正弦 $\sinh z=\frac{e^z-e^{-z}}2$ の逆関数です。最低点で傾きは 0 なので $u(0)=0$ で、
$$u=y'=\sinh\frac xa.$$もう一度積分し、$y(0)=0$ とすると、
$$\boxed{y=a\left(\cosh\frac xa-1\right),\qquad \cosh z=\frac{e^z+e^{-z}}2.}$$関数 $\cosh$ は 双曲線余弦 です。部分の長さもおまけでついてきます。$s=a\,y'=a\sinh\frac xa$。
ヨハンはこのようには書きませんでした。数 $e$ も双曲線関数もまだ名前がなかったのです。彼は対数を使った幾何学的な作図で曲線を記述しました。けれども曲線は同じで、ホイヘンスがつけた名前が残りました。カテナリー(懸垂線)、ラテン語の catena、鎖に由来します。
なぜ放物線に見えるのか
最低点の近くでは、$\cosh$ の級数から
$$\cosh z=1+\frac{z^2}2+\frac{z^4}{24}+\cdots\quad\Longrightarrow\quad y\approx\frac{x^2}{2a}.$$底の近くでは、懸垂線はほとんど放物線です。ガリレオはそれほどまちがっていなかったのです。誤差が現れるのは最低点から離れたところで、そこでは懸垂線のほうが速く立ちあがります。ほんとうに放物線になるのは、重さが鎖の長さ 1 メートルあたりではなく 水平距離 1 メートルあたり に分布するときです。軽いケーブルが重く平らな橋げたを支える吊り橋がそうです。
逆さの鎖としてのアーチ
つるされた鎖では、どの輪もとなりの輪から曲線に沿って 引かれる だけです。鎖を凍らせて上下をひっくり返すと、どの石もとなりの石から曲線に沿って 押される だけになり、横にすべらせる力ははたらきません。だから逆さの懸垂線の形をしたアーチは、モルタルなしでも立っていられるのです。ロバート・フックは 1675 年にこれに気づき、発見をアナグラムに隠しました。それは彼の死後にようやく解読されました。この記事の冒頭の引用がそれです。
1748 年、ジョヴァンニ・ポレーニはこの考えを使って、ひびの入ったサン・ピエトロ大聖堂のドームを調べました。カタルーニャの建築家アントニ・ガウディは、コロニア・グエル教会やサグラダ・ファミリアのアーチを設計するとき、小さな砂袋をつけた鎖をつるし、写真を逆さにして見ました。
練習問題:a = 2 m の鎖で、最低点から右に 2 m のところの高さは?放物線と比べよ。
$x=a=2$ で、$y=2(\cosh1-1)=2(1.5431-1)\approx1.086$ m。放物線の近似では $\frac{x^2}{2a}=\frac44=1$ m です。9 cm 近い差は、底から離れると懸垂線のほうが放物線より速く立ちあがることを示しています。
練習問題:−1 のない形 y = a cosh(x/a) が y² − s² = a² を満たすことを示せ。s は最低点からの長さ。
$y=a\cosh\frac xa$、$s=a\sinh\frac xa$ です。したがって
$$y^2-s^2=a^2\left(\cosh^2\frac xa-\sinh^2\frac xa\right)=a^2.$$これは恒等式 $\cosh^2z-\sinh^2z=1$ によるもので、$e^z$ を使った定義から直接確かめられます。$\cos^2+\sin^2=1$ の双曲線版です。
出典: Johann Bernoulli、“Solutio problematis funicularii”、Acta Eruditorum(1691 年 6 月)· ヨハン・ベルヌーイの伝記、MacTutor · Jacques Heyman、The Stone Skeleton(Cambridge、1995)。