私は無から、奇妙な新しい宇宙をつくりだしました。

— ボヤイ・ヤーノシュ、父への手紙(1823 年 11 月 3 日)

ユークリッドの最初の四つの公準は短く、明らかです。直線を引く、それを延ばす、円を描く、すべての直角は等しい。五つ目はちがいます。

一本の直線が二本の直線と交わり、同じ側の内角の和が二直角より小さいならば、その二本の直線を限りなく延長すると、その側で交わる。

長いうえに、だれにも確かめられないことを語っています。限りなく 延ばした二本の直線がどうなるか、です。ユークリッド自身もこれを疑わしく思っていたようで、できるかぎり使うのを避け、命題 I.29 になってはじめて使っています。

プレイフェアの形

もっと覚えやすい形があり、1795 年にスコットランドのジョン・プレイフェアが広めました。直線の外の一点を通って、その直線に平行な直線はただ一本ある。ほかの公準のもとでは、二つの形は同値です。一方を認める人は、もう一方も認めなければなりません。

三角形の角

第五公準の最も有名な帰結は命題 I.32、三角形の内角の和は二直角、つまり $180°$ に等しい です。このサイトの旧三角法講座は、これを第一の「規範」と呼んでいました。

$$\boxed{\alpha+\beta+\gamma=180°.}$$

証明はこうです。三角形 $ABC$ の頂点 $C$ を通って、底辺 $AB$ に平行な線を引きます。この平行線が辺 $CA$、$CB$ となす角は、錯角 なので、三角形の角 $\alpha$ と $\beta$ に等しくなります(I.29)。角 $\gamma$ とあわせて、三つの角は平行線の上にならび、平角 $180°$ をつくります。錯角が等しいという段階こそ、第五公準が入ってくるところです。

二千年の証明の試み

二千年のあいだ、数学者たちは、第五公準は公準ではなく定理であるべきだ、ほかの四つから証明できるはずだ、と考えていました。プトレマイオス、プロクロス、ペルシャのウマル・ハイヤーム、同じくペルシャのナスィールッディーン・トゥースィー、イギリスのジョン・ウォリスが挑みましたが、みな失敗しました。どの「証明」も、どこかに公準そのものと同値な仮定を隠しもっていたのです。

1733 年、イエズス会の司祭ジローラモ・サッケーリは別の道を試しました。公準が まちがっている と仮定して、矛盾にいたろうとしたのです。彼は、角の和が $180°$ より小さい三角形など、奇妙な定理を何十も導きました。矛盾はひとつも見つかりませんでしたが、矛盾は必ずあるはずだと信じていた彼は、その結果を「直線の本性に反する」と宣言し、『あらゆる汚点から清められたユークリッド』という題で本を出しました。発見まであと一歩だったのに、それが見えなかったのです。

新しい幾何学

十九世紀のはじめ、三人がそれぞれ独立に、欠けていた一歩を踏みだしました。第五公準のない幾何学も ユークリッドの幾何学と同じくらい矛盾がない と認めることです。ガウスは 1820 年ごろそこにたどりつきましたが、反響をおそれて発表しませんでした。ロシアのニコライ・ロバチェフスキーは 1829 年、カザン大学の雑誌に発表しました。数学者の息子だったハンガリーのボヤイ・ヤーノシュは、1832 年、父の本の付録として発表しました。

ボヤイの父ファルカシュは、生涯をかけて第五公準を証明しようとしていました。息子が同じ道を進んでいると知ると、あきらめてくれと頼む手紙を書きました。「後生だから、平行線のことはほうっておきなさい。みだらな情熱のように忌みきらいなさい。それはおまえの時間も、健康も、心の平安も、人生の幸福も、すべて奪いかねないのだから」。ヤーノシュはあきらめず、1823 年、この記事の冒頭の言葉で返事をしました。

この 双曲幾何学 では、直線の外の一点を通る平行線は 無限に あり、三角形の角の和はいつも $180°$ より 小さく なります。三角形が大きいほど、和は小さくなります。

球面の幾何学

反対の場合もあります。球の表面では、「直線」つまり最短の道は、赤道や子午線のような 大円 です。二つの大円はいつも交わるので、平行線はありません。赤道と、北極から $90°$ 離れて出る二本の子午線でできる三角形を考えましょう。三つの角はどれも直角で、和は

$$90°+90°+90°=270°.$$

球面上では、三角形の角の和はいつも $180°$ より 大きく、その超過分は三角形の面積に比例します。土地や部屋のような小さな三角形では差は感じられず、だからユークリッドの幾何学は地球上でこんなによくはたらくのです。大円の弧に沿って飛ぶ飛行機のパイロットには、もうひとつの幾何学が必要です。

練習問題:ユークリッド幾何学の三角形で、二つの角が 47° と 68° である。三つ目は?

$180°-47°-68°=65°$。球面幾何学なら答えは三角形の大きさによって変わり、双曲幾何学でも同じです。

練習問題:球面上では、三角形の超過分は面積に比例する。面積 = R² × 超過分(超過分はラジアン)。三つの角が直角の三角形は、地球の表面のどれだけを占めるか?

超過分は $270°-180°=90°=\frac\pi2$ ラジアンなので、面積は $\frac\pi2R^2$。球の表面積は $4\pi R^2$ で、割合は $\frac{\pi/2}{4\pi}=\frac18$ です。納得のいく結果です。赤道と $90°$ 離れた二本の子午線は北半球を四等分し、そのひとつが地球の八分の一なのです。

出典: 『原論』第五公準と命題 I.32、D. E. Joyce 版 · Roberto Bonola、Non-Euclidean Geometry(Dover、1955)· Jeremy Gray、Ideas of Space(Oxford、1989)。


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