無限小のない導関数と平均値の定理
18 世紀の終わり、微積分はとてもよく役に立っていましたが、なぜうまくいくのかをきちんと説明できる人はいませんでした。ライプニッツの $dx$ は「無限に小さい」量でした。それでわり算をするためにゼロでないものとしてあつかったかと思うと、すぐあとで、無視するためにゼロであるかのようにあつかうのです。1734 年、バークリー主教はこれをあざけって、「死んだ量の亡霊」と呼びました。
ラグランジュはこのことが気になっていました。1797 年、彼は副題そのものが一つの綱領になっている本を出版します。
微分計算の原理をふくみ、無限小、消えゆく量、極限、流率についてのあらゆる考察から解放され、有限な量の代数的解析に帰着させたもの。
— ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ『解析関数論』(1797)
導かれた関数
ラグランジュの考えは、まともな関数ならどれもべき級数に展開できる、というものでした。変数 $x$ に増分 $i$ を与えると、
$$f(x+i)=f(x)+p\,i+q\,i^2+r\,i^3+\cdots$$となり、$p, q, r, \ldots$ は $x$ の新しい関数です。ラグランジュはこのうち最初のもの、$i$ の係数を、$f$ の導かれた関数と定義し、ダッシュをつけて $f'(x)$ と書きました。$f'$ の導関数は $f''$、以下同様です。
$f(x)=x^3$ でどうなるか見てみましょう。3 乗を展開すると、
$$(x+i)^3=x^3+3x^2\,i+3x\,i^2+i^3.$$$i$ の係数は $3x^2$ なので、$f'(x)=3x^2$ です。あとで消えてしまうものでわる必要も、何かを無視する必要もありませんでした。係数を読みとるだけでよかったのです。これこそラグランジュが望んだことでした。
計画がつまずいたところ
この計画には欠陥があり、1823 年にコーシーがそれを指摘しました。すべての関数がそのべき級数に等しいわけではないのです。関数
$$f(x)=e^{-1/x^2}\ \ (x\neq0),\qquad f(0)=0$$はゼロの近くでとても平らなので、そこでの導関数はすべてゼロになります。ゼロのまわりでのべき級数は $0+0\,i+0\,i^2+\cdots=0$ ですが、関数はゼロではありません。ラグランジュのように級数から出発するだけでは足りないのです。コーシーは極限の考えで微積分を立て直し、今日教えられているのは彼の版です。
それでもラグランジュは、その途中で、計画が難破したあとも生き残った二つの道具を見つけていました。
平均値の定理
一つめは平均値の定理で、彼は自分の級数をおさえるためにそれを必要としていました。今日の形ではこうです。$f$ が $a$ から $b$ までの区間で微分可能なら、そのあいだに少なくとも一つの点 $c$ があって、
$$f'(c)=\frac{f(b)-f(a)}{b-a}.$$右辺は、グラフ上の点 $(a,f(a))$ と $(b,f(b))$ を結ぶ直線の傾きです。定理は、途中のどこかで接線がその直線と平行になると言っています。
道路のことばで言えばこうです。1 時間半で 120 km 走ったなら、平均の速さは時速 80 km。定理は、ある瞬間に速度計がちょうど 80 を指したことを保証します。遅く走ったり速く走ったりしたかもしれませんが、一方から他方へ移るには平均を通らなければなりません。道路の二点を通過する時間をはかる区間速度取締りが、制限速度を超えている車を一度も見ないまま違反を取り締まれるのは、このためです。
近似の誤差
二つめの道具はラグランジュの剰余項です。関数を級数のはじめのいくつかの項で置きかえると、誤差が生じます。ラグランジュは、この誤差が次の項と同じ形をしていて、ただ導関数を $x$ と $x+h$ のあいだの未知の点 $c$ で計算すればよいことを示しました。
$$\begin{aligned}f(x+h)={}&f(x)+f'(x)\,h+\frac{f''(x)}{2}h^2+\cdots\\&+\frac{f^{(n)}(x)}{n!}h^n\\&+\underbrace{\frac{f^{(n+1)}(c)}{(n+1)!}h^{n+1}}_{\text{剰余項}}.\end{aligned}$$$c$ がどこにあるかはわかりませんが、導関数の大きさの上限がわかることはよくあり、それだけで近似の小数点以下何けたまでが正しいかを保証できます。平均値の定理は、この公式の $n=0$ の場合です。
練習問題:f(x) = x² について、0 と 2 のあいだで平均値の定理の点 c を求めよ
$(0,0)$ と $(2,4)$ を結ぶ直線の傾きは $\frac{4-0}{2-0}=2$ です。導関数は $f'(x)=2x$ なので、$2c=2$ から $c=1$。点 $(1,1)$ で、放物線の接線は両端を結ぶ直線と平行になります。
練習問題:近似 e ≈ 1 + 1 + 1/2 + 1/6 の誤差はどれくらいになりうるか?
これは $e^x$ の $0$ のまわりの級数で、$x=1$、$h^3$ の項までをとったものです。ラグランジュの剰余項は $\frac{e^c}{4!}\cdot1^4$ で、$c$ は $0$ と $1$ のあいだにあります。$e^c
出典: Joseph-Louis Lagrange, Théorie des fonctions analytiques(1797)、『ラグランジュ全集』第 9 巻所収 · Judith V. Grabiner, The Origins of Cauchy’s Rigorous Calculus(1981)· Earliest Uses of Symbols of Calculus, Jeff Miller。