もし数学の記法が透明な暗号だったら、辞書が一冊あれば足りるでしょう。$+$ は「たす」、$=$ は「等しい」、それで終わりです。この章は、そうではないことを示してきました。同じ線が演算にも数の名前にもなり、等号は矢印ではなく天秤であり、空白は $ab$ ではかけ算を表すのに $23$ ではそうではなく、方程式には解が二つあっても根号は値を一つしか返しません。数学を読むとは、式ごとに、書かれたもの・対象・規則のあいだの関係を組み立て直すことなのです。

この記事では、この章の道具を実用的な手引きにまとめます。

見なれない式のための七つの問い

  1. 何が書かれているか。 記号、文字、それぞれの位置(上、下、くっついている、離れている)、まとまり方を見る。これが統語論。
  2. どんな約束ごとが必要か。 演算の順序、特定の文字の意味($\pi$、$e$、$i$)、その分野の記法。ふつうとちがう約束ごとなら、文章がそう言っているはずだ。
  3. 式はどんな対象を指しているか。 数か、関数か、集合か、命題か。どんな範囲で考えるのか。これが意味論。
  4. 私に何を求めているか。 計算か、解くことか、証明か、比較か、作図か。「$x$ を求めよ」と「$x$ を任意とする」は正反対のことを求めている。これが語用論。
  5. どんな変形が許されるか。 計算のどの一歩にも、それを許す規則が必要で、ときには仮定も必要だ。$a$ でわるには $a\ne0$、$\sqrt a\sqrt b=\sqrt{ab}$ には $a,b\ge0$ が必要。
  6. 同じ内容の別のレジスターはあるか。 図、表、文、グラフ。それぞれ何をいちばんよく見せるか。
  7. その表現は何を隠しているか。 図は縮尺どおりとはかぎらない。表は一部の値しか示さない。式は仮定を隠すことがある。グラフの目盛りはのばされているかもしれない。

生きた記法のテスト

この本の最初の記事から、生きた記法と不毛な記法という考えを使ってきました。パースの道具を使えば、それを三つの問いからなるテストにできます。

  • 形が対象の関係を写しているか。 $\frac{dy}{dx}$ は、導関数が比の極限だから、比の形をしている。$\dot y$ は何も写していない。
  • それを見ることで、意図して入れなかったことを発見できるか。 これはパースのイコンの基準である。位取りは九の段の規則性を見せてくれるが、ローマ数字は見せてくれない。
  • 新しい問題でも働きつづけるか。 連立一次方程式のためにつくられたケイリーの行列は、のちに回転にも、量子力学にも、コンピュータにも役立った。

そして、オイラーの平方根がはっきり示した注意があります。生きた記法はまちがった一歩も示唆するのです。形がさそいかければさそいかけるほど、規則がどこまで成り立つかを知ることが大切になります。

dy/dx をまるごと読む

最後に、七つの問いで $\dfrac{dy}{dx}$ を読んでみましょう。

  1. 書かれたもの: 二つの式 $dy$ と $dx$ が、分数の横線で上下に重ねられている。
  2. 約束ごと: $d$ は $y$ にかけられた変数ではない。differentia から来たライプニッツの作用素である。
  3. 対象: $x$ についての $y$ の導関数。今日では極限として定義される:$\displaystyle\lim_{h\to0}\frac{y(x+h)-y(x)}{h}$。
  4. 求めていること: 文脈による。変化率の計算かもしれないし、接線を求めることかもしれないし、微分方程式を立てることかもしれない。
  5. 変形: 分数の形は連鎖律や置換積分を許すが、ふつうの分数で成り立つことをすべて許すわけではない。
  6. ほかのレジスター: グラフの接線の傾き、ラグランジュの記法 $y'$、変数が時間ならニュートンの $\dot y$。
  7. 隠していること: 極限が存在すること(すべての関数に導関数があるわけではない)、そして $dy$ と $dx$ が単独で厳密な意味をもつのは、より進んだ理論の中だけだということ。

五文字の記法の中に、三百年の歴史と、一つの定義と、ひとにぎりの規則と、少なくとも三通りのかき方がつまっているのです。

用語集

記号: だれかにとって、別の何かを表すもの。

シニフィアンとシニフィエ: ソシュールにおける、記号の知覚される形と、それが呼びおこす概念。

恣意性: シニフィアンとシニフィエを結ぶ自然な理由がないこと。$+$ は和に似ていない。

統語論・意味論・語用論: モリスにおける、記号どうしの関係、記号と対象の関係、記号と使う人の関係。

解釈項: パースにおける、記号が生みだす意味の効果。それ自体が新しい記号になる。

記号過程(セミオーシス): 記号が解釈を生み、解釈がまた別の記号を生む、続いていく過程。

イコン・インデックス・シンボル: パースにおける、類似によって、事実上のつながりによって、約束ごとによって表す記号。

表現のレジスター: デュヴァルにおける、それ自身の規則をもつ記号の体系。自然言語、代数、表、グラフ、図。

処理: 方程式を解くことのような、一つのレジスターの中での変形。

変換: 式からグラフをかくことのような、あるレジスターから別のレジスターへの移行。

生きた記法と不毛な記法: この本の(そして mirabilis abbreviatio と呼んでいたこのサイトの以前の記事の)用語。新しい関係の発見を助ける書き方と、すでに知られていることを記録するだけの書き方。

練習問題:手引きを Σ にあてはめる

$\displaystyle\sum_{k=1}^{4}k^2$ を読みます。

  1. 大きな $\Sigma$ の下に $k=1$、上に $4$、右に $k^2$。
  2. オイラーの約束ごと:$\Sigma$ は和を表し、$k$ は $1$ から $4$ までの整数を動く添字。
  3. 対象は数:$1+4+9+16=30$。
  4. 求めているのは計算。
  5. たとえば定数を外に出せる:$\sum 3k^2=3\sum k^2$。
  6. 別のレジスターでは:辺が $1$、$2$、$3$、$4$ の四つの正方形の面積の和。
  7. $k$ が「ダミー」であることを隠している:$\sum_{j=1}^4 j^2$ とまったく同じものである。
練習問題:生きているか、不毛か

「a たす b の和の 2 乗」の二つの書き方、日本語の文と $(a+b)^2$ を比べます。式では、$b$ を $-b$ にかえるとすぐに $(a-b)^2$ になり、展開 $a^2+2ab+b^2$ も苦労なく $a^2-2ab+b^2$ になります。文では、同じ発見のためにすべてを書き直さなければなりません。式は二つ目と三つ目のテストに合格し、文は計算のための書き方としては不毛です。けれども、まだその式を知らない人に式を声に出して伝えるには、文がいちばんよい書き方なのです。


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