したがって、存在しうる唯一の環の系は、たがいにつながっていない無数の粒子からなり、それぞれの距離に応じた異なる速さで惑星のまわりを回るものである。

— ジェームズ・クラーク・マクスウェル『土星の環の運動の安定性について』(1859)

1610 年、ガリレオは望遠鏡で土星を見て、この惑星には「耳」があると思いました。1655 年、ホイヘンスはそれが惑星にふれない薄く平らな環であることに気づきました。それから二百年たっても、環が 何で できているのかはわかりませんでした。レコード盤のような固い円盤なのか。液体なのか。石の雲なのか。

1855 年、ケンブリッジ大学はこの問いを アダムズ賞 の題にしました。海王星の存在を予言した天文学者ジョン・クーチ・アダムズをたたえてつくられた賞です。応募者は、どんな環なら安定していられるかを明らかにしなければなりませんでした。当時 24 歳のマクスウェルはこの問いに二年を費やしました。応募したのは彼ひとりでした。

環の上のケプラー

円軌道を回るどんな物体についてもわかっていることから始めましょう。質量 $M$ の惑星の重力が向心力になります。

$$\frac{GMm}{r^2}=\frac{mv^2}{r}\quad\Longrightarrow\quad v=\sqrt{\frac{GM}{r}}.$$

遠いほど遅いのです。これはケプラーの第三法則で、惑星は太陽のまわりでこれにしたがっています。土星では $GM\approx3.79\times10^{16}$ m³/s² です。主な環は、惑星の中心から約 74 600 km から約 136 800 km まで広がっています。すると、

土星の中心からの距離 軌道速度 一周の時間
74 600 km(内側のふち) 22.5 km/s 5.8 時間
92 000 km 20.3 km/s 7.9 時間
117 600 km 18.0 km/s 11.4 時間
136 800 km(外側のふち) 16.7 km/s 14.3 時間

内側のふちは 6 時間たらずで一周し、外側のふちは 14 時間以上かかります。

固体の環ではだめな理由

かたい円盤では、どの点も同じ時間で一周します。円盤は車輪のように全体で回るのです。だから各点の速さは距離とともに 大きくなり、$v=\omega r$ となります。ところが重力は速さが 小さくなる こと、$v=\sqrt{GM/r}$ を求めます。すべての点で両方を同時に満たす方法はありません。

円盤が中央にちょうどよい速さで回るとすると、外側は速すぎ、それを軌道にとどめる力は円盤自身のかたさから来るしかなく、円盤は外に引きのばされます。内側は遅すぎて内に引かれます。環全体がとてつもない応力を受けるのです。マクスウェルは、知られているどんな材料もそれに耐えられないことを計算し、さらに、理想的な一様な固体の環でさえ 不安定 であることを示しました。わずかなかたよりで環はずれていき、惑星にぶつかってしまいます。ホイヘンスが思い描いた固体の環は、存在しえなかったのです。

液体の環もだめでした。マクスウェルは、液体の環には波ができて大きくなり、環をしずくに砕いてしまうことを示しました。残る可能性はただひとつ。環は ばらばらの無数の粒子 でできていて、それぞれが自分の軌道を、重力が与える速さで回っているのです。内側の粒子は速く進み、外側の粒子を追いぬいていきます。別々の車線を走る車のように。

2013 年 10 月、探査機カッシーニが上から撮影した土星と環。環は、ちりの粒から家ほどの大きさの塊まで、何十億もの氷のかけらでできている。
2013 年 10 月、探査機カッシーニが上から撮影した土星と環。環は、ちりの粒から家ほどの大きさの塊まで、何十億もの氷のかけらでできている。NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute · Wikimedia Commons · パブリックドメイン

確認

マクスウェルは賞を受け、王室天文官ジョージ・エアリーはその論文を 「私が見たなかで、物理学への数学の応用として最もめざましいもののひとつ」 と呼びました。観測による確認は少しずつやってきました。1895 年、アメリカのジェームズ・キーラーがドップラー効果で環の各部分の速さを測り、内側のほうが速く回っていることを、予言どおりに確かめました。1980 年と 1981 年には探査機ボイジャーが土星のそばを通り、2004 年から 2017 年には探査機カッシーニが土星を回りました。環は、ちりの粒から数メートルの塊まで、何十億もの水の氷のかけらでできていました。

ボイジャーが理論を確かめたとき、マクスウェルが亡くなってから百年がたっていました。今日、C 環のなかのすきまのひとつが彼の名を冠しています。マクスウェルの間隙 です。

練習問題:土星の衛星ミマスは中心から 185 500 km のところを回っている。一周にどれだけかかるか?

速さは $v=\sqrt{3.79\times10^{16}/1.855\times10^8}\approx14.3$ km/s。軌道の長さは $2\pi\cdot185\,500\approx1.166\times10^6$ km。周期は $\frac{1.166\times10^6}{14.3}\approx81\,500$ 秒、約 22.6 時間 です。ケプラーの第三法則 $T\propto r^{3/2}$ によれば、環の内側のふちとくらべて $\left(\frac{185\,500}{74\,600}\right)^{3/2}\approx3.9$ 倍で、$3.9\cdot5.8\approx22.6$ 時間です。

練習問題:環が、内側のふちの周期 5.8 時間で回るかたい円盤だったら、外側のふちの速さはいくらか。軌道速度とくらべよ。

かたい円盤では $v\propto r$ なので、外側のふちは $22.5\cdot\frac{136\,800}{74\,600}\approx41.3$ km/s で動きます。そこの軌道速度はわずか $16.7$ km/s で、脱出速度はその $\sqrt2$ 倍、約 23.6 km/s です。外側のふちからはずれたかけらは、土星から遠くへ飛んでいってしまいます。それをとどめておけるのは材料のかたさだけですが、それに耐えられる材料はありません。

出典: James Clerk Maxwell、On the Stability of the Motion of Saturn’s Rings(ケンブリッジ、1859)· マクスウェルの伝記、MacTutor · 土星、NASA Science。


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