$\text{XLVII}$ に $\text{XII}$ をかけてみてください。私たちの数字に直さずに、です。

どこから手をつければいいのかさえわかりません。$\text{XLVII}$ の $\text{X}$ は十ですが、$\text{L}$ の前にあるので引き算になり、$\text{XL}=40$ です。$\text{V}$ はどこにあっても五です。一の位の列も十の位の列もなく、それぞれの記号が、自分の形に値をぶらさげています。同じ計算を $47\times 12$ と書けば、二行で終わります。

$$47\times 12 = 47\times 10 + 47\times 2 = 470 + 94 = 564.$$

答えはローマ数字で $\text{DLXIV}$ です。ローマ人が計算下手だったわけではありません。彼らは単に数字そのもので計算しなかったのです。計算はそろばんや線を引いた台の上の小石で行い、数字は結果を書きとめるためだけに使いました。小石はラテン語で calculus といいます。英語の calculation(計算)はここから来ています。

数字の値は位置で決まる

私たちが使っているのは位取りの仕組みです。同じ形でも、置かれた位置によって値が変わります。$205$ の $2$ は二百、$25$ の $2$ は二十、$2$ の $2$ は二です。

ゼロが十の位を守っている。ゼロがなければ、205 は 25 になってしまう。
ゼロが十の位を守っている。ゼロがなければ、205 は 25 になってしまう。この本のために作成した説明図。

記号論のことばで言えば、数字 $2$ 単独では不完全な記号です。その意味を完成させるのは位置であり、ある位が空のとき、その位置を守るのがゼロです。$205$ のような書き方の値は、三つの形のどれかにあるのではなく、それらを組み立てる規則の中にあります。

$$205 = 2\cdot 10^2 + 0\cdot 10^1 + 5\cdot 10^0.$$

だから位取り記数法は、生きた記法の完璧な例なのです。学校で習うたし算・ひき算・かけ算・わり算の規則(「くり上がり」「くり下がり」)は、この書き方が一の位の下に一の位を、十の位の下に十の位をそろえるからこそ存在します。計算は、そろばんなしで、紙の上そのもので行われるのです。

ゼロまでの長い旅

バビロニア人は紀元前 1800 年ごろには、すでに 60 進法の位取りで数を書いていました(1 時間が 60 分なのはそのためです)。けれども何世紀ものあいだ、空いた位を表す記号がありませんでした。$1$ と $60$ が同じ見た目になることもあり、読む人は文脈から推測していました。数の途中の空きを示す区切りの記号が粘土板に現れるのは、紀元前 300 年ごろになってからです。世界の反対側では、マヤの人々も貝殻のような形のゼロにたどりついていました。

ゼロが単なる位置の目印ではなく数になったのは、インドでのことでした。628 年、天文学者ブラフマグプタはゼロを使った計算の規則を書きました。ある数からその数を引くとゼロ、ゼロにある数をたすとその数、どんな数にゼロをかけてもゼロ。バグダードの数学者たちはインドの九つの数字とゼロを取り入れ、アル=フワーリズミーは 825 年ごろ、それらを使った計算法の本を書きました。そのラテン語訳は Dixit Algorizmi(「アル=フワーリズミーは言った」)で始まっています。著者の名前は、アルゴリズム(algorithm)という言葉になりました。

中世の写本に残る『算盤の書』の一ページ。右の枠の中には、有名なウサギの問題の数列 1, 2, 3, 5, 8, 13, … 377 が、インド・アラビア数字で書かれている。
中世の写本に残る『算盤の書』の一ページ。右の枠の中には、有名なウサギの問題の数列 1, 2, 3, 5, 8, 13, … 377 が、インド・アラビア数字で書かれている。フィレンツェ国立中央図書館、マリアベキアーノ写本 · Wikimedia Commons · パブリックドメイン

キリスト教ヨーロッパでは、この転換点には日付と作者があります。フィボナッチの名で知られるピサのレオナルドは、北アフリカの商人たちの中で育ち、アラブの商人が紙の上で計算するのを見て、確信をもってイタリアに戻りました。1202 年、彼は『算盤の書』(Liber abbaci)を出版します。その書き出しはこうです。

インドの九つの数字は次のとおりである。9 8 7 6 5 4 3 2 1。この九つの数字と、アラビア語で zephirum と呼ばれるこの記号 0 を使えば、どんな数でも書くことができる。

— ピサのレオナルド『算盤の書』(1202)

アラビア語の ṣifr(空っぽ)は、一方では zephirum、zefiro を経て zero(ゼロ)になり、もう一方では cifra になりました。cifra は長いあいだゼロそのものを指し、やがて数字一般を、最後には暗号(cipher)を意味するようになりました。

位取りだけが見せる規則性

生きた記法は計算を楽にするだけではありません。規則性を目に見えるようにします。九の段を見てください。

$$9,\ 18,\ 27,\ 36,\ 45,\ 54,\ 63,\ 72,\ 81,\ 90.$$

十の位は $0$ から $9$ へ上がり、一の位は $9$ から $0$ へ下がり、二つの数字の和はいつも $9$ です。$9\times 7$ を知りたければ、十の位は $7$ より一つ少ない $6$、一の位は $9$ にするための残り $3$、つまり $63$ です。ローマ数字では同じ段が $\text{IX}, \text{XVIII}, \text{XXVII}, \text{XXXVI}, \text{XLV}, \ldots$ となり、規則性はまったく見えません。規則性は数そのものに属していますが、それを見せる書き方の中でしか現れないのです。

練習問題:九の段はなぜうまくいくのか

$1$ から $10$ までの $k$ について、次のように書きかえられます。

$$9k = 10k - k = 10(k-1) + (10-k).$$

最初の項は十の位が $k-1$ であることを、二つ目の項は一の位が $10-k$ であることを示します。二つの数字の和は $(k-1)+(10-k)=9$ です。この証明は、まさに位取りの規則「十の位かける 10、たす一の位」を使っています。

練習問題:2026 をローマ数字で

$2026 = 1000+1000+10+10+5+1$ なので、$\text{MMXXVI}$ と書きます。空いた百の位を示す必要はありません。ローマ数字には位というものがなく、百の位には何も書かないだけだからです。読むにはそれで十分ですが、数をそろえて列ごとにたすことはできません。記録する書き方と、計算する書き方のちがいです。


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