記号とは何か:ソシュール、モリス、マイナス記号
ポルトガル語の leviano(軽薄な)という言葉は、leve(軽い)から来ています。軽薄な人が「軽い」のは、自分のすることの結果を重く考えないからです。詩の中でこの言葉を読む人は、軽やかさと軽薄さの両方を同時に聞きとることができます。このサイトの以前の記事は、これを「記号的に生きた」言葉の例にしていました。言葉は一つ、読みの道は二つ。それこそがこの言葉を豊かにしているのです。
数学でも、ずっと地味な記号に、似たことが起こります。一本の横線がいくつの役目をはたしているか見てください。
$$12-5,\qquad -5,\qquad -(a+b),\qquad -x.$$一つ目では、横線は二つの数のあいだの演算です。$12$ から $5$ を引け、ということです。二つ目では、ある数の名前の一部で、マイナス五です。三つ目では、「かっこの中全体の反対の数をとれ」と言っています。四つ目では「$x$ の反対の数」と言っていて、$x$ が負なら答えは正になるかもしれません。形は同じで、変わるのはそれが占める場所と、となりにあるものです。記号を読むには、その記号だけを見ても足りないのです。
それを考えるのが、記号の研究である記号論です。あるものが、だれかにとって別のものを意味するようになるのはどうしてか、を問います。
ソシュール:シニフィアンとシニフィエ
スイスのフェルディナン・ド・ソシュール(1857–1913)はジュネーヴで言語学を教えていましたが、彼を有名にした本を自分で書いたことはありません。彼の死後、二人の同僚が学生たちのノートをまとめ、1916 年に『一般言語学講義』として出版したのです。
ソシュールにとって、記号には、一枚の紙の表と裏のように切りはなせない二つの面があります。一方はシニフィアン(記号表現)で、「き」という音や「木」という字のように、聞こえたり見えたりする形です。もう一方はシニフィエ(記号内容)で、その形が呼びおこす概念です。そして二つの結びつきには、自然な理由が何もありません。
シニフィアンとシニフィエを結ぶきずなは恣意的である。
— フェルディナン・ド・ソシュール『一般言語学講義』(1916)
「き」という音は、少しも木に似ていません。ポルトガル語では árvore、英語では tree です。数学の記号のほとんども同じです。$+$ は和に似ていませんし、$7$ には七つの何もありません。第 1 章で見たように、レコードは $=$ を等しさに似せようとさえしましたが、使う人はそれを知らなくてもかまいません。
ソシュールはもう一つ、数学にとってさらに大切な点を強調しました。記号の価値は、体系の中のほかの記号とのちがいによっても決まる、ということです。$6$ が六を意味するのは、一つには $5$ でも $7$ でもないからです。$<$ が「小さい」を意味するのは、$>$ と対立しているからです。体系から切りはなされた記号は、ほとんど何も意味しません。
恣意的だが、自由ではない
恣意的というのは、だれもが好きなように使ってよいという意味ではありません。共同体はたし算に別の記号を選ぶこともできましたが、いったん $+$ を選んだからには、計算の途中でことわりなしにそれを変えることはだれにもできません。自由があるのは約束ごとの起源であって、それを使うには規律が必要なのです。だから数学の本はいつも記号の定義から始まり、新しい記法は、多くの人が同じように読むことを学んだときにだけ根づくのです。
統語論、意味論、語用論
1938 年、アメリカの哲学者チャールズ・モリスは、記号の研究を三つの部分に分けることを提案しました。このサイトの以前の記事も、この分け方を使っていました。
- 統語論:記号どうしの関係。どの組み合わせが正しくできているか。$3+\times4$ はだめで、$3+4\times2$ はよく、規則はかけ算を先にすると言っている。
- 意味論:記号と、それが表すものとの関係。$\pi$ はどんな対象を指すのか。円周と直径の比、$3.14159\ldots$ である。
- 語用論:記号と、それを使う人との関係。先生が黒板に $x^2-5x+6=0$ と書くとき、何を求めているのか。たぶん、方程式をながめて感心することではなく、解を求めることだろう。
文字 $x$ にモリスの分け方をあてはめると、よくわかります。統語論的には、$x$ はどんな式の中でも数の場所を占めます。意味論的には、未知数($x+1=4$ の中)にも、ある集合を動く変数($f(x)=x^2$ の中)にも、座標($x$ 軸の上)にもなります。語用論的には、「$x$ を求めよ」と「$x$ を任意の数とする」は正反対の態度を求めます。前者では探し、後者では何も探さず、一般的に推論するのです。
三つの層はいつもいっしょに働いていて、数学のつまずきの多くは、そのどれかがうまくいかないところから生まれます。$-3^2$ を $9$ と読む生徒は、統語論でまちがえています。累乗はマイナス記号より先で、$-3^2=-(3^2)=-9$ です。$\sqrt{9}$ が $-3$ でもありうると思う生徒は、あとで見るように、意味論でまちがえています。「解はいくつあるか」と問われているのに方程式を解いてしまう生徒は、語用論でまちがえているのです。
練習問題:マイナス記号の役目
$f(x-h)-f(x)$ には二本の線があります。かっこの中の線は演算で、$f$ をあてはめる前に $x$ から $h$ を引きます。かっこの外の線も演算ですが、関数の二つの値のあいだの演算です。一方、$-x^2$ の線は反対の数を表し、累乗のあとで働きます。$x=3$ なら $-x^2=-9$ ですが、$(-x)^2=9$ です。
練習問題:同じ x、三つの読み方
$2x+1=7$ では、$x$ は未知数で、どの値が等式を正しくするかが問われています($x=3$)。$g(x)=2x+1$ では、$x$ は変数です。見つけるべきものは何もなく、それぞれの $x$ について成り立つ規則があるだけです。「直線 $2x+1=y$ は $x$ 軸と $-\tfrac12$ で交わる」では、$x$ は座標であり、軸の名前でもあります。三つの書き方の統語論は似ていますが、意味論と語用論が変わるのです。