$y=x^3$ なら、導関数は $3x^2$ である。ここまでは誰もが同じように書く。違うのは、その導関数につける名前である。物理の本では $\dot y$、微積分の本では $\frac{dy}{dx}$ か $f'(x)$、微分方程式の本では $Dy$ と書かれている。同じ対象に四つの記号があり、どれもほかを打ち負かしてはいない。

四つの書き方

記法 考案者 時期 読み方
$\dot y$ アイザック・ニュートン 1660 年代、1704 年に出版 $y$ の流率、$y$ が時間とともに流れる速さ
$\dfrac{dy}{dx}$ ゴットフリート・ライプニッツ 1675 年、1684 年に出版 無限に小さな二つの差の比
$f'(x)$ ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ 1797 年 $f$ の導関数の $x$ での値
$Df$ ルイ・アルボガスト 1800 年 関数 $f$ に施した演算子 $D$

ニュートンの点とライプニッツの $d$ の争いは、第1章のライプニッツと微積分ですでに語った。ここで問題にしたいのは別の問いである。それぞれの書き方は何を見せ、何を落としているのか。

それぞれが見せるもの

ニュートンの点は、変数が時間であることを示す。$dt$ は書かれない。ニュートンにとって、すべての量は時間のなかを流れるからである。経済的な書き方で、$\ddot x$ は加速度、第二法則は $m\ddot x=F$ となる。しかし変数が時間でないとき、何について微分しているのかを言えない。だから物理学のなかでしか生き残らなかった。

ライプニッツの $\frac{dy}{dx}$ は二つの変数を見せる。何が変わるか($y$)と、何について変わるか($x$)。しかも分数の形をしているので、連鎖律のように計算がひとりでに進む。四つのなかで最も能動的な記法であり、同時に最も人を惑わす記法でもある。それがいつなのかは第3の文章で示す。

ラグランジュの $f'(x)$ は、導関数が $f$ から生まれた新しい関数であることを見せる。変化も、無限小も、時間も語らない。ある関数が別の関数を生むことだけを語る。それがまさにラグランジュの意図だった。

アルボガストの $D$ は、微分することが掛け算と同じ演算であることを見せる。$Df$ と書けば、数に対してすることを $D$ に対してもしたくなる。2 乗する、足す、因数分解する。それがどこまで行けるかは第4の文章で示す。

無限小に反対したラグランジュ

ラグランジュ『解析関数論』(パリ、1797)の扉。題名は、微分法の原理を「無限小や消えゆく量、極限、流率についてのあらゆる考察から解き放って」示すと約束している。
ラグランジュ『解析関数論』(パリ、1797)の扉。題名は、微分法の原理を「無限小や消えゆく量、極限、流率についてのあらゆる考察から解き放って」示すと約束している。Joseph-Louis Lagrange · Wikimedia Commons · パブリックドメイン

18 世紀の終わり、微積分はとてもうまく働き、とてもまずく説明されていた。$dx$ が何なのかを誰も言えなかった。それで割るのだからゼロではありえない。最後には捨てるのだからゼロでないともいえない。ラグランジュは思い切った出口を試みた。どの関数もべき級数で書けると仮定したのである。

$$f(x+h)=f(x)+p\,h+q\,h^2+\cdots$$

$h$ の係数 $p$ は $x$ の新しい関数であり、彼はそれを導関数(fonction dérivée)と呼んで $f'(x)$ と書いた。今日使われる「導関数」という言葉はここから来ている。$f(x)=x^3$ なら

$$(x+h)^3=x^3+3x^2\,h+3x\,h^2+h^3$$

で、$h$ の係数は $3x^2$ である。無限小も極限もない。代数だけである。記号 $f'$ はこの哲学を運んでいる。ダッシュは「〜の導関数」を意味し、「小さな量の比」を意味しない。

ラグランジュの計画は失敗した。べき級数で書けない関数があるからである。19 世紀には、コーシーの極限が基礎の役目を引き継いだ。しかし記法は、それを生んだ哲学より長く生き延びた。

分野ごとの書き方

今日では四つが並んで使われ、それぞれの分野が自分にいちばん役立つものを選んでいる。

  • 力学は点を使う。ほとんどすべてを時間で微分するからである。$\dot x$ は速度、$\ddot x$ は加速度。
  • 解析学は $f'(x)$ を使う。関数を対象として考えるからである。
  • 応用の微積分は $\frac{dy}{dx}$ を使う。たえず変数を取り替えるからである。
  • 微分方程式は $D$ を使う。導関数を代数的に操作したいからである。

数学をよく読む人は、気づかないうちにある書き方から別の書き方へ移っている。初学者は、四つが同じものを語っていることを学ばなければならない。それは自明ではない。$\dot y$ の形のどこにも $f'(x)$ を思わせるものはないからである。

練習:同じ計算を四つの書き方で

$y=x^3$ の 2 階導関数を四つの記法で書け。ニュートンについては $x$ を時間とする。

ニュートン:$\ddot y=6x$。ライプニッツ:$\frac{d^2y}{dx^2}=6x$。ラグランジュ:$f''(x)=6x$。アルボガスト:$D^2y=6x$。対象はいつも同じ関数 $6x$ である。変わるのは、そこへたどり着くために各記法が示す道筋である。

練習:ラグランジュの導関数

ラグランジュの方法で $f(x)=x^2+5x$ の導関数を求めよ。

$f(x+h)=(x+h)^2+5(x+h)=x^2+5x+(2x+5)\,h+h^2$。$h$ の係数は $2x+5$ なので、$f'(x)=2x+5$。$h$ で割る必要も、$h$ をゼロに近づける必要もなかったことに注意しよう。


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