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クラドニ図形と振動板の懸賞

中心で固定した金属板に砂をまき、ふちをバイオリンの弓でこすってみましょう。板は歌いはじめ、砂はまるで自分の意志があるかのように、ある場所からは逃げ、別の場所に集まって、線や十字や星や左右対称の曲線を描きます。音を変えると、模様も変わります。これがクラドニ図形です。 クラドニ板の鳴らし方。板を中心で固定し、ふちをバイオリンの弓でこする。1879 年の本の版画。作者不詳、1879 · Wikimedia Commons · パブリックドメイン 目に見える音 ドイツのエルンスト・クラドニは 1787 年、『音の理論についての発見』という本でこれらの図形を発表しました。定性的な説明はかんたんです。板が振動すると、ほとんどの点が上下に動いて砂をはね飛ばします。けれども、動かない線がいくつかあります。これが節線です。砂はそこにすべりこんでとどまります。模様は、板が動かない場所の地図なのです。 クラドニは板を持ってヨーロッパじゅうを回りました。1808 年にはパリでナポレオンの前で実演し、魅了された皇帝は、図形を説明する弾性曲面の数学的理論を出した人に贈る 1 キログラムの金メダルを、科学アカデミーに用意させました。 なぜそれほどむずかしかったのか 振動する弦については、数学はすでにそろっていました。1747 年にダランベールが弦の方程式を書き、オイラーとダニエル・ベルヌーイが、弦は最低音の振動数の整数倍 $f, 2f, 3f, \ldots$ の音で振動することを説明していました。弦は線で、それを引きもどす力は弦がどれだけ傾いているかで決まります。 板はちがいます。板は金属の定規のように曲げられることに抵抗し、しかも二つの方向に同時に曲がります。オイラーは鐘をあつかおうとし、ダニエルのおいのヤコブ・ベルヌーイは板を交差する梁の格子と考えましたが、うまくいきませんでした。審査員の一人ラグランジュは、当時の方法では足りないと考えていました。応募したのはただ一人でした。 三度の挑戦 ソフィー・ジェルマンは一つの仮説から出発しました。板が抵抗する力はその曲率に比例し、曲面ではそれは二つの主方向の曲率を足すことを意味する、というものです。1811 年、彼女は論文を提出しました。計算にまちがいがあり、賞は与えられませんでした。けれどもラグランジュは、彼女の仮説から計算を正して、板の小さな変位 $z(x,y,t)$ についての正しい方程式にたどりつきました。 $$\begin{aligned}&\frac{\partial^2 z}{\partial t^2}+k^2\Bigg(\frac{\partial^4 z}{\partial x^4}+2\,\frac{\partial^4 z}{\partial x^2\,\partial y^2}\\&\qquad\qquad+\frac{\partial^4 z}{\partial y^4}\Bigg)=0.\end{aligned}$$4 階の導関数に注目してください。弦の方程式には 2 階の導関数しかありません。階数が高いのは、曲げに対する抵抗のしるしです。 懸賞は再募集されました。1813 年、ソフィーはこの方程式がクラドニの図形のいくつかを再現することを示し、佳作になりました。1816 年、三度目で受賞しました。審査員はまだ、物理的な根拠づけと板のふちでの条件に穴があると指摘しており、それが解決されたのは 1850 年、グスタフ・キルヒホッフによってでした。けれどもその方程式は、今日 $\frac{\partial^2 z}{\partial t^2}+k^2\,\Delta^2 z=0$ と書かれ、技術者が床や翼やギターの表板を計算するのに今も使っているのと同じものです。 図形を描く 正方形の板では、節線の古典的な近似が $$\cos(n\pi x)\cos(m\pi y)\pm\cos(m\pi x)\cos(n\pi y)=0$$のような組み合わせで与えられます。$x$ と $y$ は 0 と 1 のあいだです。下の図はこの式で描きました。それぞれの正方形が一枚の板で、明るい線が砂の集まる場所です。 単純化したモデルでの正方形の板の節線。m、n と符号のいくつかの値について。砂は明るい線の上に集まる。Euler’s Eyes 作図 ギターとバイオリン 楽器職人は今でもクラドニ図形を使っています。まだ取りつけていないバイオリンやギターの表板に粉をまき、スピーカーで振動させて模様を見るのです。節線があるべき場所になければ、あちこち少しずつ木を削っては試し、板がちゃんと「歌う」までくり返します。

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ユークリッドの互除法:最大公約数

ユークリッドの互除法はあらゆるアルゴリズムのおじいさんである。今日まで生きのびている、自明でないアルゴリズムのなかで最も古いのだから。 — ドナルド・クヌース『The Art of Computer Programming』第 2 巻(1969) 長さ 252 cm と 105 cm の二本の棒があって、どちらもちょうど整数回で測れるいちばん長い物差しを見つけたいとします。今日のことばでは 最大公約数 $\gcd(252,105)$ が知りたいわけです。それぞれの数の約数をすべて書きだして、共通するいちばん大きなものを探してもよいのですが、大きな数ではそうはいきません。『原論』の第七巻で、ユークリッドはずっと速い方法を教えています。 大きいほうから小さいほうを引く 命題 VII.1 と VII.2 でのユークリッドの考えは単純です。二本の棒を測れる物差しは、その 差 も測れる。だから 252 と 105 の共通の尺度を探すかわりに、105 と $252-105=147$ について探してもよい。それから 105 と $147-105=42$ について。いつも大きいほうから小さいほうを引き、二つが等しくなるまで続けます。 $$(252,105)\to(147,105)\to(42,105)\to(42,63)\to(42,21)\to(21,21).$$どちらも 21 になりました。これが最大公約数です。ギリシャ人はこの手続きを アンテュパイレシス、「たがいに引くこと」と呼びました。 割り算による版 同じ数を何回も引くのは、割ることです。くり返しの引き算を余りのある割り算にまとめると、アルゴリズムは短くなります。 $$\begin{aligned}252&=2\cdot105+42\\105&=2\cdot42+21\\42&=2\cdot21+0\end{aligned}$$最後の 0 でない余りが最大公約数です。 $$\boxed{\gcd(252,105)=21.}$$なぜうまくいくのか $a=qb+r$ なら、 $a$ と $b$ をともに割りきる数は、$r=a-qb$ も割りきる。 $b$ と $r$ をともに割りきる数は、$a=qb+r$ も割りきる。 組 $(a,b)$ と $(b,r)$ の公約数はまったく同じなので、$\gcd(a,b)=\gcd(b,r)$ です。では、なぜアルゴリズムは 終わる のでしょう。余りは一歩ごとに小さくなる正の整数で、$42>21>0$、そして正の整数がいつまでも小さくなりつづけることはできないからです。いつかは余りが 0 になり、$\gcd(d,0)=d$ です。

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一般相対性理論:エレベーターからソブラルの日食へ

ベルンの特許局で椅子に座っていると、突然ある考えが浮かんだ。人が自由に落ちているなら、その人は自分の重さを感じないだろう。私ははっとした。この単純な考えは私に深い印象を与え、重力の理論へと私を駆りたてた。 — アルベルト・アインシュタイン、1907 年の着想について 1905 年の相対性理論には欠点がありました。重力が入っていないのです。ニュートンの法則では、太陽は 1 億 5 千万キロメートルをへだてて瞬時に地球を引きます。一方、相対性理論では、光より速く伝わるものはありません。アインシュタインはこれを直すのに八年かけました。出発点は、彼が「生涯で最も幸せな考え」と呼んだものでした。 落ちるエレベーター ケーブルが切れたエレベーターのなかにいると想像してください。あなたもエレベーターのなかのすべても、同じ加速度でいっしょに落ちます。リンゴから手をはなすと、リンゴは目の前に浮かんでいます。エレベーターのなかでは、まるで重力がないかのようです。宇宙ステーションの宇宙飛行士はいつもこれを体験しています。彼らが浮かんでいるのは地球から遠いからではなく、地球のまわりを落ちつづけているからです。 逆も成り立ちます。何もない宇宙空間で $9.8$ m/s² で加速しているロケットのなかでは、地球にいるときとまったく同じように、足が床に押しつけられるのを感じます。小さな部屋のなかで行うどんな実験でも、重力と加速を区別することはできません。これが 等価原理 です。 さて、加速しているロケットのなかで、懐中電灯を水平に照らします。光が部屋を横切るあいだにロケットは上に進むので、光は出発点より少し下で反対側の壁に届きます。ロケットのなかでは、光は曲がって進むのです。重力が加速と区別できないなら、重力も光を曲げる はずです。 重力は幾何学である アインシュタインはこの考えを極限までおし進めました。重力は力ではなく、空間と時間の形 だというのです。太陽のような大きな質量はまわりの時空をゆがめ、光も含めて自由に落ちる物体は、そのゆがんだ空間のなかでできるかぎりまっすぐな線、測地線 をたどるだけです。地球が太陽のまわりを回るのは引っぱられているからではなく、太陽にゆがめられた空間のなかを「まっすぐ」進んでいるからなのです。 これを書きあらわすために、アインシュタインには、ガウス が始めリーマンが一般化した曲がった空間の幾何学が必要でしたが、彼はそれを知りませんでした。友人マルセル・グロスマンに助けを求め、何年も試行錯誤を重ねました。1915 年 11 月 25 日、彼はプロイセン科学アカデミーに 場の方程式 を提出します。 $$G_{\mu\nu}=\frac{8\pi G}{c^4}\,T_{\mu\nu}.$$左辺の $G_{\mu\nu}$ は時空の 曲率 を、右辺の $T_{\mu\nu}$ はそこにある 物質とエネルギー を表します。物理学者ジョン・ホイーラーはこうまとめました。「物質は空間にどう曲がるかを教え、空間は物質にどう動くかを教える」。十本の方程式がからみあっていて、解くのはむずかしいのですが、弱い重力場ではニュートンの重力の法則に戻ります。 最初の検証:水星 水星の軌道は、完全に固定された楕円ではありません。楕円そのものが太陽のまわりをゆっくり回っているのです。この回転のほとんどはほかの惑星の引力で説明できますが、ニュートンの物理学では説明できない 一世紀に 43 秒角 のずれが残っていました。水星と太陽のあいだに目に見えない惑星ヴァルカンがあると唱える人もいました。 1915 年 11 月、アインシュタインは自分の方程式でこの効果を計算し、ちょうど一世紀に 43 秒角を得ました。彼はある友人に、何日も「うれしさで我を忘れた」と書き、胸の鼓動が速まるのを感じたと述べています。 二つ目の検証:曲がる光 太陽のすれすれを通る光について、理論は次の曲がりを予言していました。 $$\alpha=\frac{4GM_\odot}{R_\odot c^2}.$$$GM_\odot\approx1.327\times10^{20}$ m³/s²、太陽の半径 $R_\odot\approx6.96\times10^8$ m とすると、 $$\alpha\approx\frac{4\cdot1.327\times10^{20}}{6.96\times10^8\cdot9\times10^{16}}\approx8.5\times10^{-6}\ \text{rad}\approx1.75''.$$3 km 先から見た硬貨くらいの大きさです。これを測るには、太陽のすぐ横に見える星を撮影し、何か月かのち、太陽が空の別の場所に移った夜に、その星の位置とくらべなければなりません。けれども、太陽の横の星が見えるのは 皆既日食 のときだけです。 1919 年 5 月 29 日の日食にそなえて、セアラー州ソブラルに据えられたイギリス観測隊の望遠鏡。Charles Davidson · Wikimedia Commons · パブリックドメイン ソブラル、1919 年 5 月 29 日 1919 年 5 月 29 日の日食は理想的でした。太陽が明るい星の集まり、ヒアデス星団の前にくるのです。皆既帯はブラジル北部とアフリカの沿岸を通っていました。イギリス王立天文学会は二つの観測隊を送りました。アーサー・エディントンはギニア湾のプリンシペ島へ、アンドルー・クロンメリンとチャールズ・デイヴィッドソンはセアラー州の ソブラル へ。リオデジャネイロの国立天文台の天文学者たちも、太陽のコロナを調べるためにソブラルにいました。

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仮想仕事の原理

どのような力のどのようなつりあいにおいても、力がどのように加えられていようと、正のエネルギーの和は負のエネルギーの和に等しい。 — ヨハン・ベルヌーイ、ピエール・ヴァリニョン宛の手紙(1717 年 1 月 26 日) アルキメデス以来、単純機械にはそれぞれ別の説明がありました。てこは腕の長さの法則にしたがい、斜面はステヴィンが考えた力の分解にしたがい、滑車は綱についての議論に、ねじはまた別の議論にしたがう、というぐあいです。1717 年、ヨハン・ベルヌーイはフランスの友人ピエール・ヴァリニョンへの手紙で、これらの法則がすべて ひとつの原理 の特別な場合であることを示しました。 考え方:ほんの少しだけ動かす つりあって止まっている機械を思いうかべてください。それを、頭のなかだけで、ごくわずかな距離だけ動かします。ただし拘束は守ります。てこは支点のまわりに回り、綱はのびず、ブロックは斜面から離れません。この想像上の変位は、実際には起こらないので 仮想 変位と呼ばれます。 力 $F_i$ がはたらく各点は、力の向きにほんの少し $\delta s_i$ 動きます。積 $F_i\,\delta s_i$ がその力の 仮想仕事 です。ヨハンはこれを エネルギー と呼びました。この言葉が今日に近い意味で現れたのは、これが最初です。原理はこう述べます。 $$\boxed{\ \text{つりあいでは、}\quad\sum_i F_i\,\delta s_i=0\ \text{ がすべての仮想変位について成り立つ。}\ }$$運動を助ける力の仕事は、運動に逆らう力の仕事に等しい。止まっている機械は、無から仕事をつくりだすことはできません。 アルキメデスのてこ てこの支点から距離 $a$ と $b$ のところに、重さ $P_1$ と $P_2$ があります。てこをごく小さな角 $\delta\theta$ だけ回します。$P_1$ の側は $a\,\delta\theta$ 下がり、$P_2$ の側は $b\,\delta\theta$ 上がります。下がる重さは正の仕事を、上がる重さは負の仕事をします。 $$P_1\,a\,\delta\theta-P_2\,b\,\delta\theta=0\quad\Longrightarrow\quad P_1\,a=P_2\,b.$$相似な三角形の図をひとつも使わずに、アルキメデスの法則が出てきます。$\delta\theta$ はただ消えるだけです。 滑車 滑車の組み合わせで、重さ $W$ が $n$ 本の綱で支えられ、人が自由端を力 $F$ で引くとします。重さが $\delta h$ 上がると、$n$ 本の綱はそれぞれ $\delta h$ 短くなり、その分の綱がすべて自由端から出てくるので、自由端は $n\,\delta h$ 動きます。したがって

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伸ばさずに曲げる:埋め込み定理

紙を一枚取ってください。破らず、伸ばさずに、円柱に丸めることができます。紙の上でしなやかな定規で測った距離は変わりません。しかし、しわを作らずにボールを包むことはできません。紙と球面では内在的な幾何が違うのです。ガウスは 1827 年、この違い、すなわち曲率は、曲面を伸ばさずに曲げても変わらないことを証明しました。 19 世紀、ベルンハルト・リーマンはさらに大胆な考えをもちました。曲面や、任意の次元の空間を、どこにも描かずに、内側での測り方だけで記述しようというのです。必要なのは、どんな曲線の長さをどう測るかを決める規則、計量だけです。一般相対性理論はこうして時空を記述します。まわりにより大きな空間を置かず、内側から記述するのです。 問い では、抽象的なリーマン空間はどれも、ふつうのユークリッド空間(次元はとても高いかもしれません)の中に、内側で測った長さが描いたものの上での長さと一致するように描けるのでしょうか。この「ゆがみのない描き方」を等長埋め込みといいます。この問いは半世紀前からあり、幾何学者たちはきわめて難しいと考えていました。 1953 年ごろ、MIT で、幾何学者ウォーレン・アンブローズは若い同僚の傲慢さにいらだち、ナッシュに挑みました。そんなに優秀なら、これを解いてみろ。ナッシュは賭けに乗りました。 例:円柱 簡単な場合で、等長埋め込みとは何かを見てみましょう。平面の帯に座標 $(u,v)$ とふつうの計量 $ds^2=du^2+dv^2$ があるとします。変位 $du$、$dv$ の小さな曲線の長さは $\sqrt{du^2+dv^2}$ です。帯を半径 $R$ の円柱に巻きます。 $$F(u,v)=\left(R\cos\frac uR,\ R\sin\frac uR,\ v\right).$$導関数は $$F_u=\left(-\sin\frac uR,\ \cos\frac uR,\ 0\right),\qquad F_v=(0,0,1),$$内積は $$F_u\cdot F_u=1,\qquad F_v\cdot F_v=1,\qquad F_u\cdot F_v=0.$$したがって円柱上でも $ds^2=du^2+dv^2$ で、帯の上とまったく同じです。巻くことは等長的です。曲面の上を歩くアリは何の違いにも気づかないでしょう。ただし注意してください。円柱をはさんで近くにある二点も、曲面に沿って歩けば遠いことがあります。埋め込みが保つのは曲面上の曲線の長さであって、空間を通る直線距離ではありません。 平坦トーラス 今度は難しい場合です。正方形の紙を取り、上の辺と下の辺を貼り合わせると円柱になります。次に円柱の両端を貼り合わせると、ドーナツ、すなわちトーラスになります。本物の紙でやると、しわが寄ります。ふつうのドーナツは外側で曲率が正、内側で負だからです。平らな正方形から作り、正方形の測り方を保ったトーラスを平坦トーラスといい、古典的な定理によれば、それは三次元空間に滑らかに、ゆがみなく描くことはできません。四次元ならゆがみなく収まりますが、三次元には収まりません。 ナッシュが証明したこと 1954 年、ナッシュは驚くべき結果を発表しました。埋め込みが一回だけ滑らかであればよい、つまり各点で接平面は定まるが曲率はなくてもよいなら、どんな曲面も三次元空間に等長的に置けるというのです。オランダのニコラース・カイパーが 1955 年に議論を完成させました。ナッシュ=カイパーの定理により、平坦トーラスでさえふつうの空間に収まります。その代償は、ひだの上にひだが重なり、尺度がどんどん小さくなる、フラクタルのようなきわめて奇妙な曲面です。 平坦トーラスの三次元空間への等長埋め込み。2012 年に Hevea プロジェクトが計算したもの。曲面はしだいに小さくなるひだの上のひだで覆われている。ここに見えているのは最初の三層。Hevea プロジェクト、Romainbehar によるアップロード · Wikimedia Commons · CC0 1956 年、ナッシュはアンブローズが持ち出した場合、すなわち完全に滑らかな埋め込みの場合を発表しました。どんなリーマン多様体も、十分高い次元のユークリッド空間に等長的に置けるのです。そのために彼は方程式を解く新しい技法を考案しました。各段階で、前の段階で失われた滑らかさを補正する逐次近似の方法です。この技法はのちにユルゲン・モーザーが改良し、ナッシュ=モーザーの方法として知られるようになり、今日では天体力学や、幾何学とは何の関係もない微分方程式の問題で使われています。 くしゃくしゃの紙 ナッシュ=カイパーの定理には、ばかげて聞こえる帰結があります。平らな一枚の紙を、伸ばさずに、いくらでも小さな球の中に入れられるのです。無限に細かいひだを許しさえすれば。2012 年、フランスのチーム、Hevea プロジェクトが、平坦トーラスのそのような埋め込みを初めて計算し、それがどんな姿かを示す画像を作りました。 練習問題:半径 R = 1 の円柱で、点 (1, 0, 0) と (−1, 0, 0) の間の曲面上の道の長さはいくらか。直線距離は?二点は $u=0$ と $u=\pi$、同じ $v$ に対応します。曲面上を歩けば、長さは帯の上と同じで $\pi\approx3.14$。円柱を横切る空間の直線距離は $2$ です。埋め込みが保つのは前者で、後者ではありません。

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変位電流:欠けていた項

マクスウェルの四本の方程式のうち三本は、なんらかの形で彼以前から知られていました。ガウスの法則、磁場の法則、ファラデーの法則です。四本目のアンペールの法則も知られていましたが、それは 不完全 でした。マクスウェルがそれに加えたのは、ただひとつの項 $\mu_0\varepsilon_0\frac{\partial\mathbf E}{\partial t}$ です。たいしたことのないように見えます。けれども電気と磁気を光に変えたのは、この項だったのです。 アンペールの法則 1826 年、フランスのアンドレ=マリ・アンペールは、電流とそのまわりの磁場を結ぶ規則を見つけました。今日のことばで言うと、導線のまわりの閉じた道を一周して、道に沿った磁場の成分を足しあわせると、その結果は、その道をふちとする どんな 面を通る電流 $I$ にも比例する、というものです。 $$\oint\mathbf B\cdot d\boldsymbol\ell=\mu_0 I.$$「どんな」という言葉が大切です。虫とり網のわくを考えてください。網は短くても長くてもかまいませんが、わくを通る導線は網も通ります。網を通る電流は網の形によりません。 規則を破るコンデンサー さて、回路に コンデンサー を入れます。空気か真空をはさんだ二枚の平行な金属板です。コンデンサーが充電されるあいだ、電流 $I$ が導線を通って一方の板に流れこみ、もう一方の板からは別の電流が出ていきます。けれども板のあいだには電流は流れません。導線はなく、すきまがあるだけです。 コンデンサーの手前で、導線のまわりに円い道をとります。網が 平ら で導線を切るなら、それを通る電流は $I$ です。網が 長く、導線にふれずに板のあいだを通る袋のようなら、それを通る電流は ゼロ です。同じ道、同じ磁場の積分なのに、答えが二つある。この場合、アンペールの法則は正しくありえません。 板のあいだで変わるもの 板のあいだを電荷は通りませんが、変わるものがあります。電場 です。板に電荷 $Q$ がたまるにつれ、面積 $A$ の板のあいだの電場は大きくなります。 $$E=\frac{Q}{\varepsilon_0A}.$$板の面積を通る電場の流束は $\Phi_E=EA=\frac Q{\varepsilon_0}$ で、その変わる速さは $$\varepsilon_0\frac{d\Phi_E}{dt}=\frac{dQ}{dt}=I$$です。導線を流れてくる電流とちょうど同じです!マクスウェルは、変化する電場は電流のようにはたらくと考えました。彼はそれを 変位電流 $I_d=\varepsilon_0\frac{d\Phi_E}{dt}$ と呼び、アンペールの法則に加えました。 $$\boxed{\oint\mathbf B\cdot d\boldsymbol\ell=\mu_0\left(I+\varepsilon_0\frac{d\Phi_E}{dt}\right).}$$これで二つの網の答えが一致します。平らな網を通るのは導線の電流 $I$ だけです。長い網を通る電流はありませんが、板のあいだで変化する電場があって、それが同じ量を寄与するのです。 なぜ「変位」なのか この名前は 1861 年の力学模型から来ています。マクスウェルは、真空にもエーテルという媒質があって、場が変わるとそのなかの電気をおびた粒子が、のばされたばねのように少し 変位 すると考えていました。その小さな変位が、ほんとうの電流だというのです。エーテルは存在しないことを、マイケルソンとモーリー、そして アインシュタイン が示すことになりますが、この項は模型より長く生きのびました。力学的な説明がまちがっていても、自然は方程式にしたがっているのです。 電荷は保存される この項がなければならない理由はほかにもあります。微分形では、修正前のアンペールの法則は $\nabla\times\mathbf B=\mu_0\mathbf J$ です。ところが回転の発散はいつも 0 なので、これは $\nabla\cdot\mathbf J=0$ を強います。電流はどこにもたまることができず、どんなコンデンサーも充電できなくなってしまうのです。マクスウェルの項を入れると、

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根を入れかえる:ラグランジュの定理

1770 年、代数学には二世紀以上も止まったままの問題がありました。2 次方程式には解の公式があり、3 次と 4 次の方程式の解き方も 1545 年にカルダーノが出版していました。ところが 5 次については、だれも何も見つけられませんでした。最高の数学者たちが挑み、4 次までうまくいったどの方法も 5 次でつかえてしまったのです。 ラグランジュは、もう一つ新しい方法を試すことはしませんでした。別の問いを立てたのです。古い方法はなぜうまくいくのか。 この論文で私は、これまでに見いだされた方程式の代数的解法のさまざまな方法を調べ、それらを一般的な原理に帰着させ、それらの方法がなぜ 3 次と 4 次ではうまくいき、それ以上の次数では失敗するのかを、先験的に示すことを目指す。 — ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ『方程式の代数的解法についての考察』(1771) この論文は 200 ページを超え、1770 年と 1771 年にベルリン・アカデミーから出版されました。 根を入れかえる 中心にある考えは、方程式の根でつくった式を見て、根どうしが場所を入れかえたときにその式がどうなるかを調べることです。 2 次から始めましょう。方程式 $x^2+bx+c=0$ の根を $x_1$、$x_2$ とすると、ヴィエト以来 $$x_1+x_2=-b,\qquad x_1x_2=c$$であることが知られています。この二つの式は、$x_1$ と $x_2$ を入れかえても変わりません。だから係数で書けるのです。一方、差 $x_1-x_2$ は変わります。$x_2-x_1$、つまり符号が逆になります。この式は二つの値をとります。けれどもその 2 乗は、ふたたび一つの値しかとらないので、係数で書けます。 $$(x_1-x_2)^2=(x_1+x_2)^2-4x_1x_2=b^2-4c.$$あとは平方根をとるだけです。$x_1-x_2=\pm\sqrt{b^2-4c}$。和と差がわかれば根はすぐに出てきて、結果は 2 次方程式の解の公式になります。公式の $\pm$ は、まさに $x_1-x_2$ がとりうる二つの値の符号なのです。 4 次の秘密 ラグランジュは同じ分析を 3 次と 4 次でもおこないました。4 次では、根を $x_1, x_2, x_3, x_4$ とすると、フェラーリの技法は式 $$t=x_1x_2+x_3x_4$$を見ることにあたります。四つの根の並べかえ方は $4!=24$ 通りありますが、$t$ がとる値は三つだけです。 $$\begin{gathered}x_1x_2+x_3x_4,\\ x_1x_3+x_2x_4,\\ x_1x_4+x_2x_3.\end{gathered}$$この三つの値は、もとの方程式の係数から計算できる係数をもつ3 次方程式の根です。3 次はすでに解けるので、$t$ が求まり、そこから根が求まります。4 次方程式が解けるのは、とる値が四つより少ない根の式が存在するからなのです。

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黄金の定理:大数の法則

どんなに愚かな人でも、ある自然の本能によって、ひとりで、なんの教えも受けずに、観察を重ねれば重ねるほど的をはずす危険は小さくなると確信している。 — ヤコブ・ベルヌーイ『推測術』(1713)第四部 サイコロなら、それぞれの目の確率は前もってわかっています。$\frac16$ です。けれども、40 歳の男性があと二十年生きる確率は?明日雨が降る確率は?薬が効く確率は?こうした場合には、数えられる同じ面がありません。ヤコブは別の道を提案しました。何度も観察し、頻度を確率の推定に使うのです。40 歳の男性のうち半分が 60 歳まで生きたなら、その確率は半分に近いはずです。 上の引用が言うとおり、だれもがすでにそう考えていました。ヤコブの問いはもっと深いものでした。それは 証明 できるのか。観察の数が増えると、頻度はほんとうに確率に近づくのか、それとも誤差はいつまでも大きいままでありうるのか。実際上の確実さを得るには、何回の観察が必要なのか。彼は答えるのに二十年かかり、その結果をたいへん誇りにして 黄金の定理 と呼びました。 壺 ヤコブは、白い石 3 000 個と黒い石 2 000 個の入った、中の見えない壺で問題を立てました。中をのぞけない人が、白い石の割合、つまり $\frac35$ を知りたいとします。そのために石をひとつ取り出し、色を記録して戻し、これをくり返します。 $n$ 回取り出して白が $S_n$ 回なら、観察された頻度は $\frac{S_n}n$ です。正確な問いはこうなります。頻度が $\frac{29}{50}$ と $\frac{31}{50}$ のあいだ、つまり $\frac35$ との差が $\frac1{50}$ 未満になることが 道徳的に確実、すなわち $\frac{1000}{1001}$ 以上の確率で成り立つには、何回取り出せばよいか。 定理が言うこと ヤコブの答えには二つの部分があります。第一は定性的なものです。どんなに小さな誤差の幅 $\varepsilon$ をとっても、頻度が $p$ から $\varepsilon$ より大きくずれる確率は、$n$ が大きくなると 0 に近づく。今日のことばでは、 $$\boxed{\lim_{n\to\infty}P\left(\left|\frac{S_n}n-p\right|>\varepsilon\right)=0.}$$これが 大数の法則 の最初の形で、この名は 1837 年にポアソンがつけました。第二の部分は数値的なものです。ヤコブは、この壺なら 25 550 回 の取り出しで道徳的確実さに足りると計算しました。 硬貨投げのシミュレーション。はじめは表の割合が大きくゆれるが、数千回投げると 1/2 に近づく。横軸は対数目盛り。Euler’s Eyes 作図 今日の道具による証明 ヤコブの証明は、二項展開の項のあいだの不等式に何章も費やしています。今日では、ロシアのパフヌティ・チェビシェフが 1867 年に発表した不等式を使えば、同じ考えが数行で書けます。

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神秘の六角形:円錐曲線上の六つの点

1640 年 2 月、片面だけに印刷された、ポスターのような一枚の紙がパリで出回りました。題は『円錐曲線試論』。証明はなく、定義と三つの補題、そして結果の一覧だけが載っていました。著者は 16 歳で、名前はブレーズ・パスカルといいました。 メルセンヌ神父がこの紙をデカルトに見せると、デカルトは疑いました。この若者は、パスカルが敬愛していた建築家で幾何学者のジラール・デザルグから、すべてを借りてきたのだろうと考えたのです。デザルグの影響は確かにあり、パスカル自身もそれを認めていました。しかし、この紙の中心にある結果は新しいものでした。 円錐曲線 円錐を平面で切ってみましょう。傾きによって、切り口のふちは楕円、放物線、双曲線のいずれかになります。円は楕円の特別な場合です。これらの曲線、円錐曲線は、紀元前 3 世紀のアポロニオスの時代から研究されてきました。 デザルグは、この分野を変える発想をもっていました。円錐曲線を円の影として見るのです。懐中電灯で円を照らすと、壁に映る影は楕円にも放物線にも双曲線にもなります。ですから、円の性質のうち、距離や角度を測らずに点と直線だけで語れるものは、影の中でも生き残り、すべての円錐曲線について成り立ちます。これが射影幾何学の考え方です。 六角形の定理 円錐曲線上に六つの点 $A,B,C,D,E,F$ をこの順にとり、結んで六角形を作ります。向かい合う辺は $AB$ と $DE$、$BC$ と $EF$、$CD$ と $FA$ です。それぞれの組を交わるまで延ばします。 $$P=AB\cap DE,\qquad Q=BC\cap EF,\qquad R=CD\cap FA.$$パスカルの定理によれば、三点 $P$、$Q$、$R$ はいつも一直線上にあります。 六つの点は曲線上でどんな順番に並んでいてもよく、六角形は自分自身と交差していてもかまいません。向かい合う二辺が平行なら、それらは「無限遠点」で交わり、直線はそれらと平行になります。パスカルはこの図形を神秘の六角形と呼びました。 この対話型の図を使うには JavaScript を有効にしてください。議論の全体は本文にあります。 四百の系 メルセンヌによれば、パスカルはこのたった一つの定理から約四百の系を導き、その中にはアポロニオスの円錐曲線論のほとんどすべてが含まれていました。彼は 1654 年ごろ、完全な論文を書き上げました。1676 年、ライプニッツはパリでその原稿を読み、すばらしいと考えて一家に出版を勧めました。しかし誰も出版せず、論文は失われてしまいました。 放物線で確かめる 計算で定理を確かめてみましょう。放物線 $y=x^2$ 上に、$x$ 座標が $0,1,2,3,4,7$ の六つの点をとります。 $$A=(0,0),\ B=(1,1),\ C=(2,4),\ D=(3,9),\ E=(4,16),\ F=(7,49).$$まず近道を一つ。放物線上の $x$ 座標が $u$ と $v$ の二点を通る直線は $$y=(u+v)x-uv.$$です。実際、$x=u$ では $u^2+uv-uv=u^2$、$x=v$ では $v^2$ になります。では三つの交点を計算しましょう。

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フェルマーとパスカル:中断した勝負の公平な分配

二人のプレイヤーが同じ額を賭けて、何回戦かの勝負をします。先に決められた回数だけ勝った人が全額をもらいます。途中で、勝負を中断しなければならなくなりました。お金はどう分ければ公平でしょうか? これが分配問題(点の問題)です。単純に見えますが、150 年以上も数学者たちを悩ませました。 まちがった答え 1494 年、イタリアの修道士ルカ・パチョーリは、すでに勝った回数に比例して賞金を分けることを提案しました。A が 2 回、B が 1 回勝っていれば、A が $\frac23$ をもらう、と。 もっともらしく聞こえますが、そうではありません。100 勝先取の勝負が、A の 1 対 0 のリードで中断したとしましょう。パチョーリの規則では A が全額をもらいます。でも勝負は始まったばかりで、B が勝つ見込みもほとんど同じでした。大事なのはすでに起きたことではなく、これから起こりうることなのです。 1654 年の手紙 この問題は、賭け事好きのフランス貴族シュヴァリエ・ド・メレを通じてブレーズ・パスカルのもとに届きました。パスカルはトゥールーズのフェルマーに手紙を書き、1654 年の夏、二人は一連の手紙を交わしました。それぞれが別の道で答えを見つけました。パスカルは結果から逆にたどる段階的な推論で、フェルマーはすべての可能性を数え上げることで。 二つの方法が同じ答えを出したのを見て、パスカルはこう書きました。 真理はトゥールーズでもパリでも同じであることが、よくわかります。 — ブレーズ・パスカル、フェルマーへの手紙(1654 年 7 月 29 日) フェルマーの方法:未来を数える 各回はコイン投げのようなもので、どちらのプレイヤーもその回に勝つ見込みは $\frac12$ だとします。勝負が中断したとき、A はあと 1 勝、B はあと 2 勝必要です。 フェルマーはこう考えました。あと2 回やれば、必ず誰かが勝っている。だから、1 回目で勝負が決まっても、2 回とも行うと想定する。起こりうる結果(すべて同じ確率)は、 回 勝者 A A A A B A B A A B B B 4 通りのうち A が 3 通り、B が 1 通りで勝ちます。確率は

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ライプニッツの機械:計算を動きに変える

1642 年、若きブレーズ・パスカルは、徴税官だった父を助けるために機械を作りました。この「パスカリーヌ」は歯車を回して足し算と引き算をしました。しかし掛け算をするには、足し算を手で何度もくり返さなければなりませんでした。 ライプニッツはパリでパスカリーヌを見て、さらに先へ進みたいと考えました。ひとりでに掛け算と割り算をする機械です。 掛け算は足し算と桁送り こつは学校で習う筆算と同じです。$23\times14$ を計算するには、14 を $4+10$ に分けます。 $$23\times14=23\times4+23\times10=92+230=322.$$4 を掛けるとは 23 を 4 回足すこと。10 を掛けるとは、数を 1 桁左にずらすだけです。だから、足し算が得意で桁送りもできる機械なら、どんな掛け算でもできるのです。 23 × 14 を 23 × 4 と 23 × 10 に分解する。図は計算を説明するもので、歴史上の機械の複製ではない。ブログのオリジナル図版。 段付き円筒 段つき円筒をそなえたライプニッツの計算機。ドレスデンの技術コレクションに展示されているもの。当時つくられたのは 2 台だけで、現存する唯一の 1 台はハノーファーのゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ図書館にある。Kolossos · Wikimedia Commons · CC BY-SA 3.0 問題は、操作する人がもう一度入力しなくても、同じ数を何回も足せるようにすることでした。ライプニッツの解決策は段付き円筒(ドイツ語で Staffelwalze)でした。長さの違う 9 本の歯をもつ円筒で、階段が巻きついたような形をしています。 小さな歯車が円筒の横をすべります。歯車が「3」の高さにあれば、円筒が 1 回転するごとに 3 本の歯だけがかみ合い、歯車は 3 目盛り回ります。「7」の高さなら 7 目盛り回ります。つまり歯車の位置を合わせることで、機械に数字を記憶させるのです。クランクを 1 回まわすごとに、その数字がもう一度足されます。

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運動の法則:力と速度の変化

アリストテレスによれば、物体は何かに押されている間だけ動きます。荷車を押すのをやめれば、荷車は止まる。当たり前に思えますし、実際 2000 年近く受け入れられてきました。 ガリレオは疑問を持ちました。斜面に球を転がしてみて、表面がなめらかなほど球が遠くまで転がることに気づいたのです。摩擦がまったくなければ、球は決して止まらないでしょう。デカルトも同じような考えにたどり着きました。ニュートンはこれらの手がかりをまとめ、1687 年の『プリンキピア』に、力学全体の土台となる三つの法則を書きました。 1687 年の『プリンキピア』初版の扉。アイザック・ニュートン · Wikimedia Commons · パブリックドメイン。 この本はラテン語で書かれ、証明はほとんどユークリッド流の幾何学だけを使っています。ニュートンはすでに流率法を持っていましたが、読者が異論なく受け入れる言葉を選んだのです。法則は冒頭に、公理として現れます。 第一法則:慣性 すべての物体は、加えられた力によってその状態を変えられない限り、静止の状態、または直線上の一様な運動の状態を続ける。 — 『プリンキピア』法則 I 荷車が止まるのは摩擦が減速させるからで、動くのに「疲れた」からではありません。宇宙で、何もないところでは、エンジンを止めた探査機は何百万キロもまっすぐ進みます。1977 年に打ち上げられ、今も太陽から遠ざかり続けている探査機ボイジャーがその例です。 この教訓は直感に反します。力は運動を維持するものではなく、運動を変えるものなのです。 第二法則:力と加速度 運動の変化は加えられた起動力に比例し、その力が加えられた直線の方向に起こる。 — 『プリンキピア』法則 II ニュートンが「運動」と呼んだのは、今日の運動量、つまり質量×速度のことです。質量が変わらなければ、この法則はおなじみの式になります。 $$\sum\vec F=m\,\vec a.$$$\sum$ は、大事なのはすべての力の合計だということを思い出させます。10 N の力が 2 kg の物体を右に押し、4 N の摩擦が左に引くなら、合力は右向き 6 N で、 $$a=\frac{6}{2}=3\ \text{m/s}^2.$$流率の言葉で言えば、加速度は $\ddot x$、位置の流率の流率です。すると第二法則は $m\ddot x=F$ という微分方程式になります。力がわかれば、運動全体を一瞬一瞬計算できます。これこそが、ニュートン力学を予測の機械にしているのです。 第三法則:作用と反作用 すべての作用には、つねに等しい反作用が逆向きにはたらく。 — 『プリンキピア』法則 III 壁を押すと、壁は同じ大きさの力であなたを押し返します。泳ぐ人が水を後ろに押すと、水は人を前に押します。ロケットも同じで、ガスを下に噴き出し、ガスがロケットを上に押します。 よくある混乱:力が等しく逆向きなら、なぜ打ち消し合わないのでしょうか? それは別々の物体にはたらくからです。あなたが加える力は壁に、壁が加える力はあなたにはたらきます。あなたが加速するかどうかを知るには、あなたにはたらく力だけを数えます。 彼の名をとった単位 国際単位系では、力の単位はニュートン(N)と呼ばれます。1 ニュートンは、1 kg の物体に 1 m/s² の加速度を与える力です。ふつうのリンゴの重さはおよそ 1 N。物理の先生が大好きな偶然です。 三法則の射程 この三つの文に万有引力の法則を加えて、『プリンキピア』は物体の落下、投射体の運動、潮の満ち引き、月の軌道、地球が両極でつぶれていることを説明しました。今でも、橋の設計、人工衛星の軌道計算、自動車の衝突シミュレーションに使われているのはこれらの法則です。