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ライプニッツの記号:変化を表す言語

記号には発見のための利点がある。それが最大になるのは、記号が物事の本性を簡潔に表し、いわば描き出すときである。そのとき、思考の労力は驚くほど軽くなる。 — ライプニッツ、チルンハウスへの手紙(1678) 微積分に先に到達したのはニュートンでしたが、それをどう書くかを決めたのはライプニッツでした。そして書き方がすべてを変えたのです。 文字 d 1675 年 11 月 11 日、パリで書いた手稿の中で、ライプニッツは無限に小さな差を表すのに文字 $d$ を使い始めました。$d$ はラテン語の differentia に由来し、これは「引き離す」という意味の動詞 differre から来ています。つまり、 $dx$ は、非常に近い二つの $x$ の値の間の微小な差、 $dy$ は、それに対応する $y$ の差、 $\dfrac{dy}{dx}$ はその比、つまり $x$ がほんの少し変わるごとに $y$ がどれだけ変わるか、 です。「微分学」(differential calculus)という名前はここから来ています。差の計算、という意味です。 dx を使った計算 ライプニッツは $dx$ と $dy$ を、無限に小さいだけで本物の量として扱いました。$y=x^2$ で $x$ が $x+dx$ に変わるとすると、 $$dy=(x+dx)^2-x^2=2x\,dx+(dx)^2.$$$(dx)^2$ は $dx$ より無限に小さいので、彼はそれを無視し、$dy=2x\,dx$、つまり $$\frac{dy}{dx}=2x$$を得ました。これはニュートンが流率で行った計算と同じで、書き方が違うだけです。今日では「$(dx)^2$ を無視する」ことを極限で正当化します。有限の差の比は $2x+h$ で、$h\to0$ のとき $2x$ に近づきます。 1684 年の論文 1684 年 10 月に『学術紀要』でライプニッツが発表した『極大と極小についての新しい方法』の最初のページ。微分法がはじめて印刷された。ライプニッツ · Wikimedia Commons · パブリックドメイン 1684 年 10 月、ライプニッツはライプツィヒの学術誌『学術紀要』に自分の規則を発表しました。題名はとても長く、『分数量や無理量にも妨げられない、極大・極小および接線のための新しい方法、ならびにそのための特異な計算法』というものでした。誤植だらけの 6 ページの濃密な論文で、ほとんど誰も理解できませんでした。理解したのはヤコブとヨハンのベルヌーイ兄弟で、彼らこそが微積分をヨーロッパ中に広めたのです。