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アラン・チューリングの生涯

年表 19126 月 23 日、ロンドンに生まれる。両親はインドに住んでいる。 1926シャーボーン校の寄宿生となる。 1930親友クリストファー・モーコムが亡くなる。 1931ケンブリッジのキングズ・カレッジに入る。 193522 歳でキングズのフェローに選ばれる。 1936「計算可能数について」を書く。プリンストンへ行く。 1938プリンストンで博士号。ケンブリッジに戻る。 1939ブレッチリー・パークでエニグマの解読に取り組みはじめる。 1940最初の電気機械式ボンブが動きだす。 1945国立物理学研究所に移り、ACE を設計する。 1948マンチェスター大学に移る。 1950模倣ゲームの論文を発表する。 1952形態形成の理論を発表する。同性愛を理由に有罪となる。 19546 月 7 日、ウィルムズローで亡くなる。41 歳。 ◀ 前へ 旅をたどる 次へ ▶ 1912 ロンドン6 月 23 日、メイダ・ヴェールに生まれる。両親はインドに住み、イングランド南部の里親のもとで育てられる。 1926–1931 シャーボーン寄宿学校でクリストファー・モーコムと出会う。1930 年のこの友人の死が、心と物質の関係を考えるきっかけになる。 1931–1936 ケンブリッジキングズ・カレッジで学び、22 歳でフェローとなり、「計算可能数について」を書く。 1936–1938 プリンストン別の道筋で同じ結果に達していたアロンゾ・チャーチのもとで博士号を取る。 1939–1945 ブレッチリー・パーク戦争中、ドイツ海軍のエニグマを解読する部門を率い、電気機械式のボンブを設計する。 1945–1947 テディントン国立物理学研究所で、プログラム内蔵式の計算機 ACE を設計する。 1948–1954 マンチェスター最初期の計算機の一つをプログラムし、模倣ゲームを提案し、形態形成を研究する。1954 年 6 月 7 日、近くのウィルムズローで亡くなる。 地図を見るには JavaScript を有効にしてください。各地点は下の一覧にあります。 ロンドンからマンチェスターへ。プリンストンとブレッチリー・パークを経て。 地図:© OpenStreetMap 協力者

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チューリング機械:鉛筆とテープと規則で計算する

1936 年には計算機というものはなかった。英語の computer は、保険会社や天文台や役所で、鉛筆と紙で計算することを職業とする人を意味していた。チューリングはこの人から出発した。計算するとき、人は本当は何をしているのかを問い、本質的でないものをすべて取り除いていった。 計算する人から残るもの 論文「計算可能数について」のチューリングの推論は、ほとんど単純化の一覧である。 紙は、マス目に区切られたテープに置き換えられる。方眼紙の上の計算は、マスごとに一行に写せるからである。 各マスには、有限の一覧から選んだ一つの記号が入る。数字、文字、空白。 計算する人は一度に少しのマスしか見ない。一マス見れば十分である。いくつかを見るというのは、一つを見て、次に隣を見ることだからである。 計算する人には「足し算をしている」「繰り上げている」といった心の状態がある。そうした状態は有限個しかない。 各ステップは、現在の状態と読んでいる記号だけで決まる。ステップとは、記号を書き、一マス左か右に動き、状態を変えることである。 残るのは一つの機械である。テープ、読み書きするヘッド、そして規則の表。表の各行はこう言う。「この状態でこの記号を読んだら、これを書き、そちらへ動き、この状態に移れ」。 1 を足す機械 二進法で書かれた数に 1 を足す機械をつくってみよう。手で $1011+1$ を計算するときは右から左へ進む。最後の 1 は 0 になって「1 繰り上がる」。その前の 1 も 0 になって繰り上がる。次の 0 は 1 になり、計算は終わる。結果は $1100$、つまり $11+1=12$ である。 機械はまさにそれを行う。必要な状態は「足す」一つと、終わりの状態「停止」だけである。ヘッドは最後の桁から始める。 状態 読む 書く 動く 次の状態 足す 1 0 左へ 足す 足す 0 1 動かない 停止 足す 空白 1 動かない 停止 一行めは繰り上がりである。1 を 0 に替えて左へ進む。二行めは 0 を見つけたら計算を終える。三行めは、$111+1=1000$ のように桁がすべて 1 だった場合を扱う。ヘッドは数の左の空白に着き、そこに新しい 1 を書く。 この対話型の図を使うには JavaScript を有効にしてください。議論の全体は本文にあります。

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停止問題:どの機械にも答えられない問い

1928 年、ドイツのダフィット・ヒルベルトは、Entscheidungsproblem、すなわち「決定問題」と呼ぶ課題を出した。論理の言葉で書かれたどんな数学の命題についても、それが真か偽かを有限の時間で答える機械的な手続きを見つけよ、というものである。もしそれがあれば、数学は組み立てラインになる。問いを書き込み、ハンドルを回せばよい。 ヒルベルトは答えは「ある」だと信じていた。八年後、チューリングとアメリカのアロンゾ・チャーチが、それぞれ別の道筋で、答えは「ない」ことを示した。 もっと簡単な問い チューリングはヒルベルトの問いに正面から挑んだのではなかった。まず、どの機械にも答えられない、もっとささやかな問いを見つけた。今日ではこう語られる。 プログラムと入力が与えられたとき、そのプログラムはいつか停止するか、それとも永遠に動きつづけるか。 すぐにわかる場合もある。数に 1 を足すプログラムはすぐ止まる。出口のないまま $1,2,3,\ldots$ と数えるプログラムはけっして止まらない。しかし、ごく短いのに誰も答えを知らないプログラムもある。たとえば次のプログラムは、2 より大きいどの偶数も二つの素数の和である、という有名なゴールドバッハ予想を調べる。 $n=4$ から始める。 $n$ が二つの素数の和でなければ、停止する。 そうでなければ、$n$ に 2 を足して 2 に戻る。 このプログラムが停止するのは、予想が誤りであるとき、かつそのときに限る。それが止まるかどうかを知ることは、1742 年から未解決の問題を解くことである。プログラムが止まるかどうかを判定する一般的な方法があれば、この問題も、ほかの多くの問題も一挙に片づく。 証明 背理法で、その仕事をする機械 $P$ があるとしよう。$P$ はプログラム $M$ の記述と入力 $x$ を受け取り、つねに有限の時間でこう答える。 $$P(M,x)=\begin{cases}\text{「止まる」}&M\text{ が入力 }x\text{ で止まるとき},\\ \text{「止まらない」}&M\text{ が永遠に動くとき}.\end{cases}$$$P$ を使って、新しい機械、あまのじゃくの $D$ をつくる。$D$ はプログラム $M$ の記述を受け取り、次のように動く。 $M$ が自分自身の記述を入力として受け取ったらどうなるかを $P$ に尋ねる。 $P$ が「止まる」と言ったら、$D$ は無限ループに入る。 $P$ が「止まらない」と言ったら、$D$ は停止する。 ここで致命的な問いが来る。$D$ が自分自身の記述を受け取ったら、どうなるか。 $D(D)$ が止まるなら、$P$ は $D(D)$ について「止まらない」と答えたことになり、$P$ はまちがえた。 $D(D)$ が止まらないなら、$P$ は「止まる」と答えたことになり、$P$ はやはりまちがえた。 どちらにしても $P$ はまちがえる。したがって機械 $P$ は存在しない。$\blacksquare$

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計算可能数:ほとんどの数は計算できない

1936 年の論文の題名が語っているのは機械ではなく、数である。「計算可能数について」。チューリングはこう定義した。ある実数のすべての桁を、一つずつ、けっしてまちがえずに書き出す機械が存在するとき、その実数は計算可能である。 どの数が計算可能か 学校で出てくる数は、ほとんどすべて計算可能である。 分数: $\frac17=0.142857142857\ldots$ 機械は筆算で割り算をし、その循環を永遠にくり返す。 平方根: $\sqrt2=1.41421356\ldots$ 次の桁を求めるために、機械は 0 から 9 までを試し、付け加えても 2 乗が 2 を超えない最大の数字を選ぶ。 $\pi$ と $e$: いくらでも近づける級数がある。たとえば $e=1+\frac1{1!}+\frac1{2!}+\frac1{3!}+\cdots$ であり、それを使えば機械は遅かれ早かれどの桁でも書き出せる。 「ちゃんとした」数はすべて計算可能であるように思える。そしてここで驚きが来る。ほとんどどれも計算可能ではないのである。 機械は数え上げられる どのチューリング機械も、有限の規則の表で記述される。その表は決まった文字を使った文章として書けるので、一つの整数としても書ける。チューリングはそれを記述数と呼んだ。記号を一つずつ数字に置き換えればよい。 だから機械は一覧に並べられる。記述数がいちばん小さい機械、その次、というように。どの機械も記述しない数はたくさんあり、どんな数も書かない機械もたくさんあるが、それはかまわない。大事なのは、計算可能数は一覧 $c_1,c_2,c_3,\ldots$ に収まるということである。専門用語では、それらは可算である。 実数は数え上げられない 1891 年、ゲオルク・カントールは、実数は一覧に収まらないことを示した。証明は対角線である。0 と 1 のあいだのすべての実数の一覧があるとしよう。 $$\begin{aligned} r_1&=0.\underline{5}\,1\,3\,9\ldots\\ r_2&=0.2\,\underline{7}\,0\,4\ldots\\ r_3&=0.8\,8\,\underline{1}\,6\ldots\\ r_4&=0.3\,0\,2\,\underline{2}\ldots \end{aligned}$$対角線上の数字を取り替えて数 $d$ をつくる。5 があれば 6 にし、ほかの数字なら 5 にする。ここでは $d=0.6555\ldots$ である。この $d$ は $r_1$ と 1 桁めで、$r_2$ と 2 桁めで、$r_n$ と $n$ 桁めで異なる。一覧に載っていない。したがって、どんな一覧もすべての実数を含むことはできない。 二つの事実を合わせよう。計算可能数は一覧に収まり、実数は収まらない。どの機械からもはずれる実数が残り、しかもそれが圧倒的多数なのである。実数を無作為に一つ選べば、それが計算可能である確率はゼロである。 定義できるのに計算できない数 計算できない数に名前をつけることはできる。$0.d_1d_2d_3\ldots$ と書き、一覧の $n$ 番めの機械が空白のテープで止まるなら $d_n=1$、止まらないなら $d_n=0$ とする。この数は完全に定義されている。しかし、もしある機械がその桁を書き出せたなら、その機械は停止問題を解いてしまうことになり、それは不可能である。存在しているのに、誰もけっして書き出すことのない数なのである。 練習:対角線を使う一覧は $0.1234\ldots$、$0.5555\ldots$、$0.9090\ldots$、$0.3141\ldots$ で始まる。「5 は 6 に、それ以外は 5 に」という規則を使って、対角線の数の最初の 4 桁を書け。 対角線は $1,5,9,1$。取り替えると $1\to5$、$5\to6$、$9\to5$、$1\to5$。数は $0.5655\ldots$ で、四つの数のどれとも対角線の桁で異なる。

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万能機械:プログラムもデータである

どのチューリング機械も一つのことしかしない。1 を足す機械は 1 を足し、$\frac17$ を書く機械は $\frac17$ を書く。別の計算をするには別の機械が要る。1936 年には、それが当たり前だった。機械式計算機も、パンチカードの集計機も、潮汐予測機も一つの仕事のためにつくられ、仕事を変えるには機械を替えるか配線をし直すしかなかった。 同じ論文で、チューリングはその必要がないことを示した。 機械を読む機械 どんな機械の規則の表も、文章としてテープに書くことができる。そこでチューリングは特別な機械 $U$、万能機械を記述した。$U$ は次のように動く。 テープの上で、機械 $M$ の記述と、そのあとに続く入力 $x$ を受け取る。 記述の中から、$M$ の現在の状態と、$M$ が読んでいるはずの記号に対応する規則を探す。 テープのうち $M$ のテープを表す部分でその規則を実行し、新しい状態を書きとめて 2 に戻る。 こうして $U$ は、表さえ与えられれば、どんな機械でも一歩ずつまねする。記号で書けば、 $$U(\langle M\rangle,x)=M(x)\quad\text{すべての機械 }M\text{ とすべての入力 }x\text{ について}.$$代償は遅さである。$M$ の一歩ごとに、$U$ は探したり写したりするのに何歩もかかる。しかし $U$ が計算できるものは、すべての機械を合わせて計算できるものとちょうど同じである。 メモリの中のプログラム 実際上の帰結は、プログラム内蔵という考え方である。仕事ごとに機械をつくるかわりに、機械は一台だけつくり、仕事はデータとして、数を入れるのと同じメモリに入れる。仕事を変えることは、文章を変えることになる。携帯電話でアプリを開くときに起きているのはまさにそれである。装置はいつも同じで、変わるのはそれが読む記述のほうである。 さらに、プログラムがデータなら、プログラムがほかのプログラムを読み、書き、書き換えることもできる。コンパイラーやオペレーティングシステムがしているのはそれであり、ある意味では、停止問題の証明で自分自身の記述を受け取った機械 $D$ もそうである。 パイロット ACE。チューリングの設計を縮小した版で、国立物理学研究所でつくられ、1950 年に動きだした。現在はロンドンの科学博物館にある。Philafrenzy · Wikimedia Commons · CC BY 2.0 紙から金属へ 戦後の 1945 年から 1946 年にかけて、チューリングは国立物理学研究所で、プログラム内蔵式計算機 ACE(自動計算機関)の完全な設計を書いた。大胆な設計だった。水銀遅延線のメモリ、毎秒百万パルスの速さ、そして機械が自分の命令を書き換えるようにプログラムできるという考えまで含まれていた。官僚主義と技術者不足のせいで建造は遅れた。縮小版のパイロット ACE がようやく動いたのは 1950 年で、しばらくのあいだ世界で最も速い計算機の一つだった。 その間、マンチェスターでは、フレデリック・ウィリアムズとトム・キルバーンが、1948 年 6 月 21 日、ベビーというあだ名の機械で、電子メモリに保存した最初のプログラムを動かした。チューリングは数か月後にマンチェスターに来て、それに続く機械の仕事にかかわった。

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エニグマ:1.59×10²⁰ 通りの鍵と一つの欠陥

アメリカの国家安全保障局の国立暗号博物館に展示されている、ローター三つのエニグマ。上がローター、中ほどがランプ、下がキーボード、手前がプラグボード。National Security Agency · Wikimedia Commons · パブリックドメイン エニグマは、木の箱に入ったタイプライターのように見えた。操作員がキーボードで文字を押すと、ランプ盤で別の文字が光る。二人めの操作員が光った文字を書きとめ、その文字列がモールス信号で無線送信された。受け手の側では、同じように設定した同じ機械で操作員が暗号文を打ち込み、ランプでもとの文を読んだ。 キーとランプのあいだで、電流は迷路を通った。プラグボード、中で配線が交差した三つのローター、電流を送り返すリフレクター、ふたたび三つのローター、そしてふたたびプラグボード。しかもキーを押すたびに最初のローターが一つ回り、迷路全体が変わった。 鍵を数える ドイツ軍がエニグマを信頼したのは、設定の可能な数の多さのためだった。1939 年の陸軍型について、パスカルが教えてくれた組合せ論で数えてみよう。 ローター。 5 個入りの箱から 3 個を選び、順序も区別する。 $$5\cdot4\cdot3=60.$$初期位置。 各ローターは 26 文字のどれかから始まる。 $$26^3=17\,576.$$プラグボード。 10 本のケーブルが文字を二つずつつなぎ、入れ替える。26 文字から 10 組をつくる方法は何通りか。26 文字を $26!$ 通りのどれかの順に一列に並べ、最初の 20 文字で二つずつ組をつくる。残りの 6 文字はつながず、その順序は関係ないので $6!$ で割る。10 組の順序も関係ないので $10!$ で割る。各組の中の順序も関係ないので $2^{10}$ で割る。結果は $$\frac{26!}{6!\cdot10!\cdot2^{10}}=150\,738\,274\,937\,250.$$合計。 かけ合わせると $$60\cdot17\,576\cdot150\,738\,274\,937\,250\approx1.59\times10^{20}.$$ローターのリング設定を数えなくても、約 1.59×10²⁰ 通りの鍵がある。毎秒百万通り試しても、すべてを試すにはおよそ五百万年かかる。 欠陥 リフレクターには実用上の利点があった。同じ設定のまま、機械で暗号化も復号もできたのである。しかし生まれつきの欠陥ももたらした。電流はいつも別の道を通って戻ってくるので、どの文字も自分自身には暗号化されない。A はけっして A にならない。 ささいなことに見えるが、これが決定的だった。暗号解読者たちは、多くの通信に予想できる語が含まれていることを知っていて、それを crib(カンニング)と呼んだ。6 時の天気予報は WETTERVORHERSAGE で始まり、多くの報告は KEINE BESONDEREN EREIGNISSE、「特記事項なし」と書かれていた。クリブが暗号文のどこにあるかを見つけるには、それを暗号文に沿ってずらしていき、どこかの文字が真下の暗号文の文字と一致する位置をすべて捨てればよかった。 Q F Z W R W I K T Y R E S X B F O G K U H Q W E T T E R V O R H E R S A G E ← S の上に S:ありえない W E T T E R V O R H E R S A G E ← 一致なし:ありうる 最初の位置では、クリブの S が暗号文の S の上に来てしまうが、エニグマはけっしてそうしない。この位置は捨てられる。4 文字先では、どの文字も一致せず、この位置は候補として残る。

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バンブリスムス:証拠をデシバンで量る

ボンブは速かったが、海軍のエニグマのローターの順序をすべて試すほどには速くなかった。1940 年、チューリングは、機械を動かす前にその大部分を除くための、紙と鉛筆の方法を考え出した。この方法で使う用紙がバンベリーの町で印刷されていたので、同僚たちはそれをバンブリスムスと名づけた。 これは統計的な方法である。そしてそれを考え出すために、チューリングは現代統計学の中心的なアイデアの一つを独自に発明しなおした。 くり返す文字 ドイツ語の通信を二つ、上下に並べて書き、両方が同じ文字になっている位置を数えてみよう。ドイツ語では E、N、R、I がよく使われるので、一致は文字が無作為に選ばれた場合よりずっと多い。ドイツ語の文章では、並んだ二つの文字が一致する確率はおよそ $\frac1{17}$ である。文字が無作為なら $\frac1{26}$ になる。 エニグマはこの性質を奇妙なかたちで保つ。二つの通信が同じローター位置の列で暗号化されていれば、同じ位置の同じ文字は同じ文字になるので、原文の一致は暗号文でも一致のまま残る。位置が違えば、割合は $\frac1{26}$ に落ちる。だから一致を数えれば、二つの通信がそろっているという証拠が得られ、それがローターの位置についての情報をもたらした。 一致一つの値打ち チューリングは問うた。一つの一致は、通信がそろっているという私の確信をどれだけ強めるべきか。答えは尤度比、つまり一方の場合に一致を見る見込みが、他方の場合の何倍か、である。 $$\frac{\text{そろっているときの一致の確率}}{\text{そろっていないときの確率}}=\frac{1/17}{1/26}=\frac{26}{17}\approx1.53.$$一致のない位置は、反対向きの、ずっと弱い証拠である。 $$\frac{16/17}{25/26}=\frac{416}{425}\approx0.979.$$ベイズの定理によれば、証拠は一つごとにオッズ(ある仮説の確率と、もう一方の仮説の確率の比)にその尤度比をかける。位置が多ければかけ算も多くなり、手でのかけ算は遅い。 かけるかわりに足す チューリングは、三世紀前にネイピアがしたことをした。対数に移って、かけ算を足し算に変えたのである。彼は尤度比の常用対数をバン、その十分の一をデシバンと呼んだ。 $$\text{デシバンで表した重み}=10\log_{10}(\text{尤度比}).$$すると、一致一つは $$10\log_{10}\frac{26}{17}\approx+1.8\ \text{デシバン},$$一致のない位置一つは $$10\log_{10}\frac{416}{425}\approx-0.09\ \text{デシバン}$$の値打ちになる。第 8 号小屋の作業員は、数えて足すだけでよかった。合計が $+20$ デシバンなら、証拠によって仮説のオッズが前の $10^2=100$ 倍になったということである。 感じとれる最小の証拠 ブレッチリーでチューリングと働いた統計学者 I・J・グッドは、デシバンが選ばれたのは、それが人間の直感で感じとれる証拠の重みの最小の変化にほぼ等しいからだと回想している。デシベルが、耳が気づく音の大きさの最小の変化であるのと同じである。戦後、グッドはこれらの考えを発展させ、現代のベイズ統計学の確立に力を尽くした。彼が使った「証拠の重み」という言葉づかいは、チューリングのものである。 練習:証拠を足し合わせる200 か所でそろえた二つの通信に一致が 14 か所ある。重みの合計は何デシバンか。そろっているという仮説はより確からしくなったか。 一致が 14 か所、一致のない位置が 186 か所なので、$14\cdot1.8+186\cdot(-0.09)\approx25.2-16.7=8.5$ デシバン。正なので、そろっているほうのオッズはおよそ $10^{0.85}\approx7$ 倍になった。文字が無作為なら一致の期待値は $200/26\approx7.7$、そろっていれば $200/17\approx11.8$ である。14 はそろっているほうによく合う。 練習:一致がいくつで引き分けか100 か所のうち、一致がいくつ $k$ なら重みの合計がゼロになるか。 $1.8k-0.09(100-k)=0$、すなわち $1.89k=9$ で、$k\approx4.8$。100 か所で一致が 5 以上あれば、証拠はもうそろっているほうに傾く。これは無作為の期待値 $100/26\approx3.8$ と、そろっているときの期待値 $100/17\approx5.9$ のあいだの数である。 出典: I. J. Good, “Studies in the history of probability and statistics XXXVII: A. M. Turing’s statistical work in World War II”, Biometrika(1979)· Andrew Hodges, Alan Turing: The Enigma(1983)· Sharon Bertsch McGrayne, The Theory That Would Not Die(2011)。

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模倣ゲーム:機械は考えることができるか

「機械は考えることができるか」という問いを考察することを提案する。 — アラン・チューリング「計算する機械と知性」(1950) チューリングが 1950 年に哲学誌『マインド』に発表した論文は、こう始まる。そしてすぐ次の文で、彼はこの問いをあきらめる。答えるには「機械」と「考える」を定義しなければならず、どんな定義も言葉をめぐる終わりのない議論になってしまうからである。チューリングはこれを、検証できるという利点をもつ別の問いに置き換えることを提案する。 ゲームの規則 もとのゲームには三人が参加する。男性、女性、質問者で、それぞれ別の部屋にいる。質問者は書いたメッセージだけでほかの二人とやりとりし、どちらが男性でどちらが女性かを見抜かなければならない。男性は質問者をだまそうとし、女性は助けようとする。 さて、男性を機械に置き換えよう。問いはこうなる。参加者の一人が機械のとき、質問者は同じくらいの頻度でまちがえるか。質問者が人と区別できないほど機械がうまく会話するなら、それが「本当に」考えているかという議論は脇に置こう、とチューリングは提案する。これが模倣ゲームであり、今日ではチューリング・テストと呼ばれている。 論文には会話の例まである。「34957 に 70764 を足せ」という問いに、機械は 30 秒ほど待って「105621」と答える。正しい答えは 105721 である。論文の先のほうでチューリングは、このゲームのうまい機械は、人間らしく見せるために、ときどきわざと計算をまちがえるだろうと説明している。 予言 チューリングは、当時の機械がテストに合格するとは言わなかった。数を使って予言をしたのである。 およそ五十年後には、記憶容量が約 10⁹ の計算機をプログラムして、平均的な質問者が五分間の質問のあとで正しく見分ける見込みが 70% を超えないほど、模倣ゲームをうまくこなさせることができるようになると私は信じている。 — アラン・チューリング「計算する機械と知性」(1950) 「$10^9$」は二進数字、つまりビットでの容量である。今日の言葉でいえば、$10^9$ ビットは $\frac{10^9}{8}=1.25\times10^8$ バイト、約 125 メガバイトで、どの携帯電話のメモリより小さい。チューリングはメモリについてはよく当て、時期については控えめすぎた。機械との説得力のある会話が現れたのは 2020 年代になってからで、それを実現した大規模言語モデルは、彼が想像したより何千倍も多いメモリを使っている。 反論 論文の半分は反論への答えにあてられている。いくつか挙げよう。 **神学的反論:**考えることは不死の魂のはたらきであり、神は魂を人間に与え、機械には与えなかった。チューリングは、神が望めば機械にも魂を与えられるだろうと答える。 数学的反論:チューリングの定理やゲーデルの定理は、どの機械にも答えられない問いがあることを示している。チューリングはそれを認めつつ、人間に似たような限界がないと考える根拠は何もないと指摘する。 **ラブレス夫人の反論:**1843 年、エイダ・ラブレスは、バベッジの解析機関は「何かを生み出すことをまったく意図していない。私たちが命じ方を知っていることなら何でもできる」と書いた。チューリングは、機械はしばしば自分を驚かせると答え、学習できる機械なら、プログラマーが予見しなかったことをするだろうと言う。 この最後の答えが最も予言的である。論文の終わりでチューリングは、大人の脳をプログラムするかわりに「子どもの機械」をプログラムし、報酬と罰で教育するほうがよいだろうと示唆している。わずか数行の中に、機械学習の考え方がある。 ロボットではないことを証明する CAPTCHA、つまりウェブサイトが表示する、ゆがんだ文字や信号機の写真の入った小さな枠は、逆向きのチューリング・テストである。この名前は、英語の「コンピューターと人間を区別するための、完全に自動化された公開チューリング・テスト」の頭字語である。テストを出すのは機械で、人間であることを証明しなければならないのはあなたのほうである。 練習:10⁹ ビットはどれくらいか1 ページ 2000 文字、1 文字 8 ビットとすると、$10^9$ ビットに 500 ページの本は何冊入るか。 1 冊は $500\cdot2000\cdot8=8\times10^6$ ビット。$10^9$ ビットには $\frac{10^9}{8\times10^6}=125$ 冊入る。チューリングは、小さな図書館ほどのメモリがあれば人間のように会話するには足りると考えていた。 練習:70% とは何を意味するか質問者が二人の参加者のどちらかを当てずっぽうで選ぶとしたら、当たる確率はいくらか。「70% を超えない」とはどういう意味か。 当てずっぽうなら 50% の確率で当たる。「70% を超えない」とは、五分たっても平均的な質問者がゲームの少なくとも 30% でまちがえる、ということである。機械はすべての人ではないにせよ、多くの人をだます。

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形態形成:ヒョウの斑点を方程式で

胚は、ほとんど同じ細胞のかたまりとして始まる。それなのに、最後には片手に五本の指ができ、シマウマには縞が、ヒョウには斑点ができる。はじめにすべてが一様なら、形はどこから来るのか。1952 年、発表した最後の大きな論文「形態形成の化学的基礎」で、チューリングは数学的な答えを提案した。生物学者がそれを確かめるには何十年もかかった。 二つの物質、二つの速さ 考え方は、チューリングがモルフォゲンと呼んだ二つの化学物質が組織の中を広がっていくところを想像することである。今日ではふつう次のように説明される。 活性化因子:自分自身の生成を促し、もう一方の生成も促す。 抑制因子:活性化因子を抑える。 二つは互いに反応し、拡散する。つまり、水に落としたインクのように、濃いところから薄いところへ広がる。決定的なのは、抑制因子のほうが活性化因子より速く広がることである。 ある一点に、たまたま活性化因子が少し多く現れたらどうなるかをたどってみよう。そこでは活性化因子も抑制因子もたくさんつくられる。遅い活性化因子はその場に集まったままでいる。速い抑制因子は両側へ逃げていき、近くにもう一つ活性化因子の山ができるのを妨げる。その結果、山のまわりに山のない帯ができ、その先にまた山、また帯と続く。間隔のそろった斑点や縞が、何もないところから生まれるのである。 計算 チューリングは方程式を書き、一様な状態の近くで線形化した。一直線に並んだ組織で、$u$ と $v$ を活性化因子と抑制因子のずれとすると、 $$\begin{aligned} \frac{\partial u}{\partial t}&=a\,u+b\,v+D_u\frac{\partial^2u}{\partial x^2},\\ \frac{\partial v}{\partial t}&=c\,u+d\,v+D_v\frac{\partial^2v}{\partial x^2}. \end{aligned}$$$a$、$b$、$c$、$d$ を含む項が反応、$D_u$ と $D_v$ を含む項が拡散である。波長 $\frac{2\pi}k$ の小さな波が育つか消えるかを見るために、$e^{\lambda t}\cos kx$ という形の解を試す。$q=k^2$ とおくと、行列 $$\begin{pmatrix}a-D_uq&b\\c&d-D_vq\end{pmatrix}$$が得られ、この行列の行列式が負になると波は育つ。 具体的な数をとろう。$a=1$、$b=-1$、$c=2$、$d=-1.5$。拡散がなければ($q=0$)、行列式は $1\cdot(-1.5)-(-1)\cdot2=0.5>0$、トレースは $-0.5<0$ である。一様な状態は安定で、化学反応だけでは模様はまったく生まれない。 ここで拡散を入れ、抑制因子を 10 倍速くする。$D_u=1$、$D_v=10$ とすると、 $$\det(q)=(1-q)(-1.5-10q)+2=10q^2-8.5q+0.5.$$根は $q\approx0.064$ と $q\approx0.786$ である。そのあいだでは行列式は負になり、その波長の波は育つ。いちばん速いのは中央の $q=0.425$ で、波長は $\frac{2\pi}{\sqrt{0.425}}\approx9.6$ である。ふつうは違いをならしてしまう拡散が、ここでは違いを生み出す。だからこの現象は拡散誘導不安定性と呼ばれる。 反応拡散モデルの計算機シミュレーション。チューリングのモデルの親戚であるグレイ=スコット・モデルを使っている。無作為に散らばった斑から出発して、反応の定数を二つ変えるだけで、同じ方程式が規則正しい斑点(左)や曲がりくねった縞(右)を生む。このサイトのために作成したシミュレーション · Euler’s Eyes 計算から動物へ (a) 1952 年にチューリングが計算した、細胞の環の上の模様。(b) マンチェスターの計算機で計算して得た、平らな組織の上の斑点。(c) チーターの毛皮。Philip Ball · Wikimedia Commons · CC BY 4.0 チューリングは計算の一部をマンチェスターの計算機で行い、得られた模様の一つは、ある種の動物に似た不規則なまだら模様だった。どの物質がモルフォゲンなのかを彼は知らず、当時の生物学には確かめる手段がなかった。この考えは何十年も、ほとんど忘れられていた。

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アラン・チューリングの遺産

チューリングは機械が考えると信じている。チューリングは男と寝る。ゆえに機械は考えない。 — アラン・チューリング、ノーマン・ラウトレッジへの手紙(1952) 有罪判決の直後にチューリングが友人に書いたこの苦い三段論法は、彼の生涯を要約している。論理で考える人が、彼を理解しない人々に裁かれたのである。しかし、彼が残した仕事はいたるところにある。 計算機科学の中に チューリング機械は今も、計算するとはどういうことかの公式の定義である。計算機科学者が、ある問題には「アルゴリズムがない」と言うとき、それはどのチューリング機械もその問題を解けないという意味であり、ある問題が「難しい」と言うとき、数えているのはチューリング機械に必要な歩数である。 その数え方から、この分野で最も有名な問い、P 対 NP が生まれた。答えを確かめるのがやさしい問題は、どれも答えを見つけるのもやさしいのか。ジグソーパズルを組むのは難しいが、組み上がったパズルを確かめるのはやさしい。この違いが本物なのか、私たちの工夫が足りないだけなのかは誰も知らない。クレイ研究所は、これに答えた人に百万ドルを出すとしている。 1966 年から、計算機学会(ACM)は毎年チューリング賞を授与している。計算機科学のノーベル賞とみなされている賞である。 暗号と統計学の中に エニグマとの戦いは、暗号の安全性は鍵の数ではなく、鍵の大部分を一度に除けてしまう欠陥がないことにあると教えた。現代の暗号はこの教訓から生まれた。そしてデシバンは、I・J・グッドを通じて、ベイズ統計学を科学の中心に呼び戻す助けになった。 生物学と人工知能の中に 形態形成の方程式は、模様の数理生物学という一つの分野全体の土台になっている。そして模倣ゲームは、機械が会話するようになった今も、機械が考えるかどうかをめぐるあらゆる議論の基準である。 マンチェスターのサックヴィル公園にあるチューリングの像。2001 年に除幕された。ベンチに座り、リンゴを手にしている。David Dixon · Wikimedia Commons · CC BY-SA 2.0 名誉の回復 何十年ものあいだ、チューリングの戦時の仕事は国家機密であり、有罪判決は口にされない話題だった。状況が変わりはじめたのは 1983 年、数学者アンドルー・ホッジスの書いた伝記からである。その後、次のことが続いた。 2001 年、大学のそばの公園にマンチェスターの像。 2009 年、イギリス政府の謝罪。 2013 年の国王恩赦と、ほかの有罪者にも恩赦を与えた 2017 年の法律。 彼の誕生日である 2021 年 6 月 23 日に発行された、彼の肖像の 50 ポンド紙幣。 覚えておくこと 1936 年:チューリング機械が計算とは何かを定義し、万能機械がプログラム内蔵式の計算機を先取りする。 1936 年:停止問題がどの機械にも答えられない問いがあることを示し、計算可能数がほとんどの実数に手が届かないことを示す。 1939–1945 年:エニグマの数え上げと欠陥、ボンブ、そしてデシバンを使うバンブリスムス。 1950 年:模倣ゲームが「機械は考えるか」という問いをテストに置き換える。 1952 年:形態形成が、拡散がどのように模様を生むかを説明する。 練習:確かめるのはやさしい誰かが $8633=89\cdot97$ だと言う。確かめる手間はどれだけか。ヒントなしに因数を見つけるにはどれだけかかるか。 確かめるにはかけ算一回でよい。$89\cdot97=89\cdot100-89\cdot3=8900-267=8633$。見つけるには $\sqrt{8633}\approx93$ までの約数を試さなければならない。2 から 89 までの素数は 24 個あり、うまくいくのは最後の一つだけである。何百桁もの数になると、確かめるのは今でも一瞬だが、見つけるのは不可能に近くなる。インターネットの暗号はこの非対称に支えられている。

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画像クレジット

歴史的な画像と写真 すべてウィキメディア・コモンズによる。コモンズが提供する縮小画像を、圧縮以外の編集をせずに使っている。 16 歳のチューリング、アーサー・レジナルド・チャフィン撮影とされるパスポート写真:出典ページ · パブリックドメイン。 1951 年のチューリング、エリオット&フライ写真館の肖像:出典ページ · パブリックドメイン。 キングズ・カレッジの礼拝堂、Martinvl 撮影:出典ページ · CC BY-SA 4.0。 ブレッチリー・パークの館、DeFacto 撮影:出典ページ · CC BY-SA 4.0。 ローター三つのエニグマ、アメリカ国家安全保障局:出典ページ · パブリックドメイン。 復元されたボンブ、Mike Peel 撮影:出典ページ · CC BY-SA 4.0。 パイロット ACE、Philafrenzy 撮影:出典ページ · CC BY 2.0。 マンチェスターの「ベビー」の複製、Parrot of Doom 撮影:出典ページ · CC BY-SA 3.0。 サックヴィル公園の像、David Dixon 撮影:出典ページ · CC BY-SA 2.0。 大型のフグの皮膚、Chiswick Chap 撮影:出典ページ · CC BY-SA 3.0。 チューリングの模様とチーター、Philip Ball 作成の図:出典ページ · CC BY 4.0。 このサイトで作成した図 表紙、対話型のチューリング機械、反応拡散のシミュレーションは、このコースのために作成した。シミュレーションはグレイ=スコット・モデルを 200×200 の格子で計算したもので、文字を含まないので、サイトのすべての言語で使える。対話型の機械は四つの言語すべてで動作する。 記録 ファイル data/turing_imagens.json に、ダウンロードした各画像の出典、ライセンス、確認日、SHA-256 ハッシュ値を記録している。各テーマの歴史資料は、それぞれの記事の末尾に挙げている。 アラン・チューリングの全トピック · ← アラン・チューリングの遺産